「それは広報の回答待ち。それより、関連資料のスクラップはできた?」
「誰でもできる仕事って、興味ないんすよね。ほか当たってください」

 手嶋はさっさと自分の業務に戻ってしまう。あさひはこっそりため息をついた。

「あのさ、手嶋くん」
「なんすか? こっち忙しいんすけど」

 手嶋があさひの下についてからずっと、こんな態度を取られている。ひと言でいえば、扱いづらい部下だった。
 あさひを上司とみなしていない。勤務年数の差もわずかしかないあさひに命令されるのが、我慢ならないらしい。鬱憤を隠しもしない。
 でも、手嶋が尊大な態度を取るのも当然といえば当然だ。

(だって、わたしのチーフ職は純粋に成果を上げた報酬として得られたものじゃなかったんだから……)

「……ううん、なんでもない」

 かける言葉を見つけられず、あさひは口を引き結んで引き下がる。
 手嶋はしばらく黙ってキーボードを叩いていたが、ややあってからふたたび口を開いた。

「今の統括の話、聞きました? ネバダのシステム開発会社の件、業務提携結んだらしいっすよ」
「えっ?」

 あさひは思わず凌士のほうを振り返った。凌士に注目したのはあさひだけではないらしい。あちこちでどよめきが起きていた。どうやら、かなり大きな案件らしい。

 凌士はさきほどとは別の社員を自席に呼び寄せており、彼に向かって朗々とした声で指示を与えている。

「――プレスリリースは来週。忙しくなるぞ」

 最後にそう締めくくると、フロア内に歓声が上がる。異例の早さだ、まだ三ヶ月だろ、まさかこの短期間で――などというざわめきが、あさひのところまで届いた。

「手嶋くん、知ってるんだ?」
「ああ、そうか。碓井チーフはこっちに来て日が浅いから知らないんですっけ。うちがずっと狙っていたんですよ、ネバダ。うちより先に狙ってる会社もあって、熾烈な奪い合いになるんじゃないかって、もっぱらの噂だったんですけどね」

 手嶋が競合の社名を挙げて声をひそめる。

「三ヶ月で打診から業務提携の契約成立とか、どんな手を使ったんだか。競合を出し抜いたんだから、そうとう強引なやり口っすよ。如月統括、間違いなく恨みを買ってますね」

 凌士のやりかたは往々にして、社内の一部から反発を買っている。鋼鉄の男と言われるゆえんだ。