「馬鹿だな。この部屋は原状回復もしないといけないし、すぐには次の人は入らないから、契約はギリギリまでするな」

 「まあ、ギリギリでもいいよって不動産屋のおじさんは言ってくれたから多分大丈夫だと思う。ここの部屋の家賃のほうが高いけど滞納したことないから信用されてるらしい」

 「当たり前だろ。ここの保証人誰だと思ってんだ……逃すかよ」

 海斗が小さい声で何か言ってる。ん?

 「来週が楽しみだ」

 「来週って何?」

 「秘密」

 「何なの?」

 「ほら、ほっぺにソース付いてるぞ」

 そう言って、私の口元を長い指で撫でた。そしてその指をこれ見よがしにペロリとなめた。ええ!?

 私がびっくりして身体を引くとニヤリと笑った。訳わかんない。いつもならティッシュ渡して自分で拭かせるのに。まあ、いいか。もうすぐお別れだから優しくしてくれるんだろう。海斗には茜は鈍いとか馬鹿とか散々いじめられてきた。
 
 それも懐かしくなるんだろうなとひとりぼんやりしながら考えた。海斗がそんな私をだまって見つめていることに気付いていなかった。