そんなとき、ルーシェルがクラウスに近づいてくるようになった。

 ある日。エルヴィアナが中庭の木の裏で泣いているのを見かけた。

(エルヴィアナ?)

 いつもの取り巻きたちはいない。誰もいない木の影で座り、物思いに耽っている様子。勝手に盗み見るのは悪いと思いつつ、遠くから見ていれば、彼女は静かに涙を流していた。

(なんて可憐な……)

 悲しくて泣いている相手にこんなことを思うのは間違っている。でも、風に揺られてはためく黒髪も、涙に濡れたまつ毛の一本も洗練されていて。今にも消えてしまいそうな儚さと憂いを帯びた泣き姿は、あまりにも綺麗だった。
 すぐに駆け寄って彼女の心を慰めてあげたい。そう思うのに、今の彼女に自分が必要だという確信がなく、足が動かなかった。

「エルヴィアナさんがお泣きになっている理由、教えて差しあげましょうか」

 地面に縫い付けられたようにただその場に立ち尽くして、泣いているエルヴィアナを見ていたら、後ろから声をかけられた。

 振り返ってそこにいたのは、ルーシェルだった。彼女は掴みどころのない笑顔を湛え、こちらに歩み寄った。

「結構だ。話なら直接本人に聞く」
「時には、本人には言えないこともございますのよ」
「…………」

 クラウスはそんなルーシェルを胡散臭く思った。本当に親切な人間なら、本人に隠したい本音を聞いても、それを本人にこそこそ告げ口したりしない。これは親切心ではなく、ただの自己満足の偽善だ。

「俺は他人から本音を聞き出すような卑怯な真似をする気はない」

 話をするなら直接本人とだ。そうは言っても、エルヴィアナはクラウスと会話するのを拒むのだが。

 もう一度、エルヴィアナの姿を見る。両手で顔を覆い、肩を震わせながら泣く彼女。……一体何が、彼女の心をそんなに苦しめているのだろうか。クラウスは何一つ、彼女の抱えているものを理解してあげられていない。泣いている彼女の涙を拭ってやることさえできない自分が、情けなくてたまらない。

「本当によろしいのですか? 意地になっていては、大切なものはあっという間に指の隙間からこぼれ落ちてしまいますわよ」