「あの方はクラウス様にはふさわしくありませんわ。わたくしと婚約し直せば、誰も文句は言わないでしょう。彼女の振る舞いは、婚約破棄に十分値します。――そうだ」

 ルーシェルは人差し指を唇の前に立てた。

「今日この夜会で――公開断罪する、というのはどうでしょうか」

 ルーシェルは、クラウスがエルヴィアナに冷めていると思っているようだ。彼は、ルーシェルにずいと詰め寄り、表情ひとつ変えずに返す。

「殊勝なことだな」
「え……」
「同情で籍まで入れるというのか。君は」

 ルーシェルはしおらしげに上目遣いで頷いた。

「……はい。わたくしはクラウス様がお気の毒で……。だから力になりたいのです。でも同情だけでこのようなことを申し上げたのではありませんわ。もうお気づきでしょう? わたくしはあなたのことが好きなのです。ひと目見たときから……」
「俺は君を好きではない」

 そう言って、にべもなく斬り捨てる。嘲笑がクラウスの薄い唇を掠め、ルーシェルは萎縮して一歩後ずさる。

「あなたは演技の才能だけでなく、俺を怒らせる才能もお持ちのようだ」

 懐からエルヴィアナの作った飾り紐を取り出した。

「ルイス王子の所持していた飾り紐は、エルヴィアナの贈り物ではない。彼女は昔から器用だ。あのような粗末なものは作らない」
「…………」
「俺からもあなたに言いたいことがある。あなたが昔から飼っている白い獣を差し出してください」
「…………!」

 はっきりと告げるクラウス。ルーシェルはあからさまに青ざめて、目を泳がせた。

「知りま――せん。ニーニャはただの外来種のきつねで……。エルヴィアナさんの呪いとは無関係です!」
「エルヴィアナの呪い? そんなこと一言も言っていないが」
「…………っ」
「墓穴を掘りましたね」

 すると、客室の隣のサロンからもう一人男が現れた。爽やかな人好きのする美貌の彼は――ルイス第七王子。

「ルーシェル。その辺にしておけ」
「お兄……様」

 さっきまでエルヴィアナに惚れて理性を失った演技を完璧にこなしていた彼だが、今はいつもの穏やかな様子だ。

「まさかお前が魔獣まで飼っていたなんてね。魔獣を使役していると世に知れたら醜聞になることが分からないのかい? あまりに王族としての責任がない」

 魔獣はこの国にとって穢れの象徴とされている。それを王族が飼っているとなれば、世間から非難されることは間違いない。浅はかな行動のせいで、王家の権威さえ揺るがされてしまうかもしれないだろう。それをルイスは危惧していた。