クラウスは咄嗟に、エルヴィアナにバルコニーに隠れるよう促した。エルヴィアナはカーテンの隙間から様子を覗き見ながら、耳を澄ませた。

(王女様は何をお考えなのかしら)

 ルーシェルは優美に微笑み、つかつかとクラウスの近くまで歩んだ。

「館の使用人にクラウス様がこちらにいらっしゃると伺ったのですが……。エルヴィアナさんは?」
「ここにはいない」
「そうですか。まぁ、あの方にはもうクラウス様に合わせる顔はないでしょうね」

 ルーシェルは、クラウスをうまく騙せたと勘違いしているようだった。自分が騙されているとは夢にも思っていないだろう。

「あなたにお伝えしたいことがありますの」

 彼女はクラウスの胸元に手を添えた。うっとりと目を細め、クラウスの顔を愛おしむように眺めた。

 そして、玲瓏と告げる。


「クラウス様。わたくしと結婚しましょう」


 一瞬、耳を疑った。仮にも婚約者がいる相手に求婚するだなんて、常識がない人だと。ルーシェルは切なげに目を伏せた。

「先程の騒動、気の毒でしたわね。まさかエルヴィアナさんが、第七王子まで篭絡していらしたなんて。わたくし、クラウス様が不憫でいても立ってもいられませんでしたの」

 クラウスはルーシェルの身体をそっと引き剥がした。彼女は面白くなさそうに顔をしかめた。