「いや、言わせてもらう。俺はずっと、君に向き合おうとしてきた。力になろうとしてきた。なのに君は自分から壁を作って、本心を隠し逃げ続けた。全部一人で抱え込めば、誰も傷つけずに済むと勘違いしている。そういうところが、大嫌いだ」
「やだ……聞きたくない、やめて……」

 ぐさぐさと胸の奥に突き刺さる大嫌いの言葉。エルヴィアナは涙を流しながら、クラウスに抱きついた。もう言わないでと子どもみたいに泣きながら懇願すれば、エルヴィアナを抱き留める彼も泣きそうな顔をしていた。

「本当は……俺のことが好きなんだろう。エリィ。君は不義理を犯していない。――悪女のフリはもうやめろ」
「……うう、ごめんなさい、クラウス様……っ。ちゃんと騙せなくてごめんなさい……。別れてあげられなくて、ごめんなさい……。大好きでごめんなさ、」
「謝らなくていい。ただ、事情を話してくれ」
「……!」

 一体いつ気づいたのだろう。魅了魔法のことはバレていないだろうが、何か事情があって美男子たちをはべらせていると見抜かれている。

「突然婚約を解消しようとしたのは、俺が王女に心変わりしたと思ったからか? それとも他に理由があるのか?」
「……あなたが、王女様に笑いかけていたから」
「それだけのことでか? ただ笑いかけていただけで、早とちりしたのか」

 微笑んでいただけで傷ついたのは確かだ。でもそれだけではない。

「……王女様本人がおっしゃっていたの。クラウス様と思い合っていると」
「それは事実ではない」
「え……」

 まさか。ルーシェルが嘘をついていたというのか。でも冷静に考えれば、ルーシェルの態度は終始怪しかった。彼女の言葉に踊らされて、クラウスに直接確かめることもせずに全部分かった気になっていた。クラウスのこととなると、冷静な判断ができなくなってしまうのだ。

 クラウスの鋭い眼差しに射抜かれて、一歩後ずさる。

(おかしい。魅了魔法に当てられているはずなのに、こんなに理性を保っていられるなんて)

 今までにこんな人はいなかった。魅了魔法に当てられた男たちは、揃いも揃って恍惚とした表情をして目の奥にハートを浮かべ、自我を失ったようになる。けれどクラウスは、魅了魔法をかけられているにも関わらず、あろうことかエルヴィアナの頬を叩き叱咤してきている。

「……あなたが好きなのは、王女様なの。今は思い出せないだけで」

 もうこれ以上隠しきれない。そう思い、泣きそうになりながら弱々しく漏らす。