湖の近くで馬を停め、水分補給をさせながら休むことにした。ここなら静かで少しは頭を冷やせそうだ。近ごろ舞い上がってばかりだった自分の頭を。

(自惚れちゃだめね。わたしは嫌われ者の悪女なんだから)

 邪魔者は身を引くと一度は決めたはずなのに、好意的にされて舞い上がってしまっていた。優しくしてくれる彼を突き放すことも、まして別れを告げる勇気もなかった。今のクラウスが好意的に接してくれるのは、魅了魔法のせいなのに。

 懐からクラウスのために作った飾り紐を取り出す。上部は赤のビーズでつつじの花が作ってあり、その下にタッセルが下がっている。

(幸せな夢だった。……ありがとう)

 二度と見られない、とても心地のよい夢とは、もうお別れしよう。
 飾り紐をぎゅっと握り締め、せせらぐ湖面を見据える。その腕を振り上げた直後――。

「なぜ捨てる?」
「……! クラウス、様」

 聞き慣れた声がして驚き、振り向くとクラウスがエルヴィアナの腕を掴んで立っていた。彼はエルヴィアナの手に握られた飾り紐を見ながら言った。

「俺のために作ってくれたのだろう?」

「――返して」

 咄嗟に手を振り払い、飾り紐を背中に隠す。

(これは渡せない。魅了魔法の力を借りて受け取ってもらうのは……卑怯だもの)

 不意に頭の中にさっきのことが思い浮かんだ。ルーシェルと話しているクラウスが、あの滅多に笑わなかったクラウスが、エルヴィアナに魅了魔法をかけられていてもなお、彼女に微笑みかけていた姿が。

「あなたには――王女様の飾り紐があるでしょう?」

 エルヴィアナは自嘲気味に尋ねるのだった。