ルーシェルが満足気に去って行った後、エルヴィアナは小さくため息を零した。すると、取り巻きの中の一人が、おお……と感嘆する。

「レディはため息のひとつさえ可憐です! 浴びるほど摂取したいです!!」
「それにしてもあの女、レディにため息をつかせるとは許せませんね」
「あの女を消しましょうか。早急に」

 なんだか物騒な言葉が飛んできた。彼らはエルヴィアナのことを『レディ』と呼んで崇拝しており、彼女のためなら手を汚すことだっていとわない。

「……そんなことをしたら大逆罪で断頭台送りになるわよ」

 ルーシェルはこの国の王女。そのような発言をすることさえ不敬だが、彼らはエルヴィアナに盲信しきっていて周りが見えていない。「馬鹿な人たち」と呆れ混じりに呟けば、彼らはそれすら嬉しそうに受け止めた。

「飲み物はいかがですか? 喉が渇いたでしょう」
「結構よ。それより一人にしてくれない?」

 差し出されたグラスを手で拒んで、鬱陶しそうに突っぱねてみる。一人にしてと訴えても彼らは一人として微動だにせず。エルヴィアナから離れる気は更々ないみたいだ。

 はぁと大きくため息をつく。取り巻きの美男子たちに手を焼いていると、目の前にまたとっておきの美男子が現れた。

「随分と彼らを手懐けているのだな。エルヴィアナ」
「クラウス……様」

 後ろに付き従えている男たちを無表情で見据えながらクラウスが言う。嫌味を言われることにももう慣れた。

「その様子では、俺のエスコートは不要か」
「元々その気なんてないのでしょう?」
「…………」

 そうだ、と即答されるかと思いきや、黙りこくる彼。なんとも形容しがたい表情を浮かべている。

(……どうしてそこで黙るのよ)

 婚約者でありながら、かれこれ何年も彼にエスコートしてもらっていない。エルヴィアナが違う男たちと戯れているせいだ。
 ずっと、クラウス以外の男をはべらせるのは、いたたまれない気持ちだった。でももう、負い目を感じるのは今日までだ。これから別れを告げて関係を精算し、赤の他人になるのだから。

「外で少しお話ししましょう。あなたに大切な話があるの」
「大切な話?」
「そう。わたしと話すのは嫌かもしれないけれど、少しの間時間をちょうだい」

 無表情でそう告げて、つかつかと広間の外に向かう。取り巻き令息たちが付いて来ようとしたが、「今は付いて来るな」と睨みつけて視線で牽制した。