(来ないうちに新しいお店が増えてるわね)

 活気に満ちた街が、見渡す限り続いている。可愛らしいメルヘンチックな建物や、シックなレンガ調の建物など、色んな雰囲気の店が軒を連ねていた。

 しかしリジーは店には目もくれず、黙々とどこかへ向かっている。どこに行くのかと聞いても全然答えてくれない。

「リジー、早く馬車に戻りましょう。下手に誰かと接触して魅了魔法が発動したら大変だもの」
「そうやって引きこもってばかりでは、その内病気になってしまいますよ。魅了魔法にはある程度の発動条件がありますし、お嬢様も上手くコントロールできてるじゃないですか。そう滅多なことはありませんよ」

 つい最近、その滅多なことが起きて婚約破棄を失敗したばかりである。呆れつつもリジーに着いて歩き、紙袋をはい、と渡した。

「これ、あげる」
「先ほど手芸店で購入されたものですよね? クラウス様のためのものなのでは……」
「あなたの分も買っておいたの。ルイス様に飾り紐を作って差し上げたら? 彼も狩猟祭に参加するようだから、きっとお喜びになるわ」

 リジーは没落した元貴族令嬢。幼少のころから第七王子ルイスの妃候補だった。ルイスは彼女のことを慕っていて、リジーの家の没落を知ったとき、早急にリジーと婚姻を結び、家を救おうとした。けれどリジーの両親は借金返済のために彼女を娼館送りにし、娘を売った金を持って行方をくらました。

「……わたしはもう、なんの地位もないただの庶民です。王子様に贈り物をするなんて恐れ多くてできませんよ」
「あの方は身分差を気にするような方ではないわ。それはリジーが一番分かっているでしょう」

 ルイスは今もなおリジーを想っていて、ゆくゆくは結婚したいと望んでいる。度々ブレンチェ公爵邸に訪れて、リジーの顔を見て帰っていくし、そのときのリジーの顔を見れば、彼女もルイスを慕っていることは一目瞭然だ。

「使わないなら、屋敷に帰ってから捨ててちょうだい。ほら」
「……分かりました」

 リジーはしぶしぶ紙袋を受け取った。

「わたしのことは気にしてくださらなくていいのに。……それより、クラウス様にこそ喜んでもらえるといいですね」
「…………」

 いつも彼女は、エルヴィアナのことばかり気にしている。ルイスの元に嫁いで幸せになる道を諦めてまで侍女でいようとするのは、エルヴィアナのためだ。多額の金を払ってリジーを身請けしたのはエルヴィアナ。娼館から助け出した恩があるから、呪いに悩むエルヴィアナの元を離れることができずにいる。