イリト王国には、戦に行く前に愛する相手に、女性から手作りの飾り紐を贈る文化がある。糸で編んだ花にタッセルが下がるデザインで、愛情の証に自分の髪を編み込むことも多かったとか。

 今は戦がなくなって平和な時代になったが、狩猟のときに、獲物を沢山捕えられるようにと飾り紐を贈ることが貴族の間で流行っている。

 祖母が贈った飾り紐には、彼女の金髪が混ざっていた。

「俺もエリィに貰った飾り紐を、今も大切に取ってある」
「嘘……」
「本当だ」

 実はエルヴィアナも、一度だけ彼に飾り紐をプレゼントしたことがあった。事件が起きた13歳の狩猟祭の日だ。クラウスは動物好きで殺生を嫌うので参加しなかったけれど、形式だけでもと思って作ったのだ。

 渡したときとても嬉しそうにしてくれていたが、それきり関係がどんどん拗れていったので、とっくの昔に捨てられたと思っていた。

「君から貰ったものは何でも取ってある。例えば――」

 そう言っておもむろに懐からちいな巾着を取り出す彼。巾着の中には紙の包みが入っていて、それを広げた中から現れたのは――。

「糸ぼこりだ」
「いとぼこり」

 ドヤ顔で糸ぼこりを摘んでこちらに見せてくる。一体どんな反応をしたらいいんだろう。クラウスは懐古心に浸るように、目を細めながら語った。

「俺の肩についていたこれを君が取ってくれた。思えばこれが最後の贈り物だった」
「贈り物じゃないですただのゴミです捨ててください」
「あれは一年と257日前のことだった」
「こわい」

 人生、何がどうひっくり返れば糸ぼこりを持ち歩こうと思うのだろう。世の中の大抵のものが手に入るような公爵家のボンボンが、糸ぼこりを後生大事に保管しているなんて、誰が思うだろうか。

 エルヴィアナは依然ドヤ顔をしているクラウスから糸ぼこりを強奪して捨てたくなったが、可哀想なので辞めた。クラウスは「捨てられるはずがないだろう」と言ってのけて、また紙に包んで懐にしまった。