「――話が違うではありませんか。エルヴィアナさん」
石畳を踏むこつこつという靴音と、鈴を転がすような甘く可愛らしい声が耳を掠める。振り返るとそこに、王女ルーシェルが怖い顔をして立っていた。
「……王女様」
深く頭を下げて礼を執る。彼女は優雅にこちらに歩いてきて、身をかがめながら耳元で囁いた。
「クラウス様と別れてくださる約束でしたでしょう? それがどうして急に仲良くなっていらっしゃるの。わたくしへの嫌がらせですか?」
「申し訳……ありません」
(……って、なんでわたし、浮気相手に謝っているんだろう)
本来、不義理を働いているのはルーシェルの方だ。こちらが下手に出るのは妙だ。
……邪魔者の自分は身を引くつもりだった。本気で。でも、想定外に魅了魔法が発動してしまい、婚約破棄を失敗してしまった。それからというもの、甘やかしている婚約者に絆され気味である。
「……ひどいです。クラウス様はわたしのものなのに、お奪いになるなんて」
両手で顔を覆い、しおらしげに泣く彼女。 「わたしのもの」も何も、彼は一応エルヴィアナの婚約者であり、略奪しようとしているのは彼女の方で。奪うという表現はちょっとおかしい。
(クラウス様は本当にこの方のことがお好きなの……?)
自分本位でわがままな印象があるルーシェル。あまり理性的でない彼女のどこを気に入ったのだろうか。
そもそもクラウスは、婚約者がいるのに浮気をするような不誠実な人ではない。
ルーシェルの言葉を鵜呑みにして、勢い余って別れを切り出したが、真相は未だに闇の中。
(でも一応……王女様には本当のことをお話しするべきよね)
彼女が言うように、本当に二人が想い合っていたというなら。ルーシェルには魅了魔法の真実を知らせておくべきだろう。
「王女様にお話ししなければならないことがあります」



