すぐに自分を諌める。でも、授業に意識を戻す前にもう一度だけ、ちらっと横を覗き見た。

(やっぱり、凄く格好いい)

 ……その瞬間。

「あまり見られていると、顔に穴が空きそうだ」
「!」
「――見蕩れたか?」

 彼のつつじ色の瞳と視線がかち合う。不敵に上がった口角を見て、慌てて誤魔化す。

「自惚れないで。虫が……ついてたから」
「虫……」

 顔をしかめて手で頬を撫で、「どこにいる?」と尋ねてくる彼。クラウスは虫が大の苦手だ。エルヴィアナは無視したまま、視線を下に落とした。



 ◇◇◇



 授業が終わり、教室までの見送りは結構だからと言って、クラウスより先に講堂を出た。彼はあのあと、ずっと虫が気になっていたようで、エルヴィアナを見てくることはなかった。

「レディ! お待ちをー!」
「逃げないでくれ、愛しのレディ!」

(どこから湧いて出た!?)

 クラウスがいなくなったのを目ざとく見つけた取り巻き美男子たちが、どこからか現れて追いかけてきた。まるで虫みたいだ。エルヴィアナはそれを走ってなんとか撒いた。

「はぁっ、はぁ……」

 庭園の垣根の陰に隠れ、乱れた呼吸を整える。

(あの人といると、調子が狂う)

 授業中にクラウスと目が合った瞬間のことが思い浮かび、顔に熱が集まっていく。火照った顔を冷ますように手で扇いだ。
 今のクラウスといると、覚悟が鈍ってしまいそうだ。つい、悪女のフリを投げ出してしまいそうになる。抱えている事情を全部吐いてしまいたくなる。

 頭を冷やすために、広い庭園をただ歩き続けた。

 花壇に、赤いつつじがいっぱいに植えられている。露に濡れたみずみずしい花弁の赤紫色は、クラウスの瞳を彷彿とさせる。そっと手を伸ばし、花弁を指先で撫でたそのとき。