ブレンツェ公爵家は、事件の日からすぐに騎士団に事の仔細を報告した。また独自に人を雇い、あの魔獣の捜索をさせている。けれど四年間、一度もその姿は見つかっていない。このまま放っておいたら、自分はいつか呪いにむしばまれて死んでしまうのかもしれないだろう。

 彼がルーシェルに心移りしたと知って、ようやく婚約解消を申し出る決心がついたのに。ここに来て、魅了魔法を発動させてしまった。


『俺は君のことが、きら――』


 嫌いだと言われかけたのがきっかけだった。

 魅了魔法が発動するには、ある条件がある。


 ①相手が美男子であること。
 ②相手に対し、エルヴィアナが強く負の感情を抱くこと。


 ……だ。はっきりしたことは分かっていないが、魔獣が美しいものを憎み、人間の負の感情を好むことに起因しているとか。

 今まではクラウスに対して嫌だと思ったことはなかったし、うまくコントロールできていた。でも、嫌いだと言われかけたとき、反射的に『嫌だ』と強く思ってしまったのだ。それが魅了魔法の引き金となった。

 スカートの上で、ぎゅっと拳を握り締める。

「……彼には悪いことをしてしまったわ」
「そんな……。お嬢様に悪いところなんてありません」

 この魅了魔法は、一度かけてしまった相手には永続的に効果が続いてしまう。今までかけてしまった人たちには、本当に悪いことをしてしまったと思う。

 しかし、魔獣を倒せば呪いが解けるように、エルヴィアナが死ねば魅了魔法の効果は消える。

 鏡を見ると、ふてぶてしい表情を浮かべたエルヴィアナが映っていた。いつの間にか、眉間に皺を寄せるのが癖になっていた。可愛げのない顔だ。ぼんやりと鏡を眺めながら思った。

(皮肉なこと。嫌われ者の悪女に……随分幸せな夢を見せるものね)

 クラウスが久しぶりに見せてくれた笑顔が、頭から離れなかった。これはきっと、二度と見ることができない幸せな夢なのだ。エルヴィアナはこの夢が覚めなければいいのに、と心の片隅で願ってしまった。