手を繋ぎながらのんびり森の中を散歩していると、その途中で見たこともない獣に遭遇した。

「珍しい獣だ。……外来種だろうか」

 ガサッと音を立てて茂みの奥から現れた獣は、白い毛に包まれ、きつねとうさぎの中間のような見た目をしていた。瞳は青と金のオッドアイで、黒い尻尾が生えている。

「エルヴィアナによく似てる」
「え、どこが?」
「目元とか」

 確かに、つり上がった目がよく似ている。エルヴィアナは目つきが悪いと言われるのがコンプレックスだったので、むっと頬を膨らませる。

 しかし、クラウスは獣を優しい眼差しで見つめながら、「可愛い」と呟いた。まるで自分がそう言われているようで、心臓がどきっとする。
 顔をぶんぶんと横に振って、乱れた心を一旦落ち着かせる。

「無闇やたらに近づかない方がいいわ。野生の動物はどんな病気を持っているか分からないから」

 その場を離れようと提案したが、動物好きのクラウスは、興味深そうに獣を観察していた。獣はクラウスに近づいて、足に頬を擦り寄せた。しかし、彼が頭を撫でようと手を伸ばしたとき……。獣がクラウスの死角で牙を剥いているのを見た。

「危ない!」

 咄嗟にクラウスを引っ張り、獣から離れさせる。飛びかかってきた獣に、エルヴィアナは右腕を噛まれた。

「…………っ」
「エルヴィアナ!?」

 青ざめるクラウス。エルヴィアナは痛みに耐えながら、平気だと手をかざした。

「大丈夫。ちょっと噛まれただけ。平気よ」

 けれど、噛まれたところを確認すると、禍々しい妙な痣ができていた。

(何、この痣……)

「怪我の具合を見せてくれ。すぐに手当を、」
「だ、大丈夫、大したことないから!」

 痣を見た瞬間、この怪我はただの怪我ではないと直感した。だから、彼に心配をかけないように患部を見せずに、袖で隠したのだった。



 ◇◇◇



 そっと袖を捲り、いつも隠している右腕を見る。

 黒々とした痣は古代文字を描いていて、噛まれた場所を中心に広範囲に広がっている。神殿の見解では、エルヴィアナを噛んだのは原始の時代に生きていた魔物で、噛んだ瞬間に、美しい男を魅了してしまう魔法の呪いをかけたのではないかということだった。

 魔物ははるか昔に絶滅したが、稀に封印された状態で現代まで残っていることがあるそうで。徐々に封印が弱まっていき、魔物が解放されることもしばしば。

 あの魔物を倒さなければ呪いは解けず、エルヴィアナの生命力は吸い取られ続け、いずれ死んでしまうかもしれないと言われている。

「今からでも、全てを正直にお話しなさったらいかがですか?」
「話すつもりはないわ。何度もそう言ってるでしょう」

 本当のことを言ってしまえば、クラウスはエルヴィアのことを思って心を痛めてしまうから。

 あの日、森を散歩しようと誘ってきたのは彼だった。そして、無視すればよかったはずの魔物を構った。クラウスを責める気持ちは少しもないが、優しい彼はエルヴィアナが呪われる原因を作ってしまったと負い目を感じて、苦しむことになるかもしれない。

 だから、言えなかった。悪女として皆に嫌われても、クラウスに失望されても、魔獣に噛まれて呪われていることは誰にも打ち明けられなかった。平然を装って学園に通い、悪女と呼ばれることに甘んじていた。クラウスから別れを切り出されることもずっと覚悟していた。