令嬢たちは、評判の悪いエルヴィアナに話しかけられたことに戸惑い、顔を見合わせる。少しの逡巡のあと、エルヴィアナに困り事を打ち明けた。

「実はさっきつまずいて転んでしまって……」

 令嬢の一人が膝を見せてきた。擦りむいて出血しており、身動きが取れないらしい。エルヴィアナは鞄からハンカチを取り出してしゃがみ、傷口を手早く手当した。

「早く医務室に行きましょう。歩ける?」

 彼女は覚束無い足取りで、一生懸命歩こうとする。足首を捻っているみたいだ。よろめく彼女を支えてやる。エルヴィアナは彼女の前に屈み、背中に乗るように促した。

「エルヴィアナ様にそこまでしていただく訳には……!」
「気にしなくていいわ。いつまでもそんな場所に突っ立っている訳にもいかないでしょ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……。あの、わたし、重いですよね……」
「ふふ、羽みたいに軽いわ」

 医務室まで背負って連れて行けば、令嬢たちはエルヴィアナの意外な優しさに感心していた。そして、令嬢を軽々と背負う逞しさにちょっとだけときめいていたのだった。

「エルヴィアナ様って思ってた感じとちょっと違う……?」
「意外と気さくで優しかった。ていうかちょっと格好いいかも……?」

 ……というのが、毎度おなじみの反応だった。男たらしと蔑まれていたのが、今度は同性からひっそり憧れを抱かれるようになりつつある。
 エルヴィアナは、学園内で揉め事を見かけたら仲裁し、落ち込んでいる人を鼓舞し、困っている人は助けた。本人は無自覚だったが、そのおかげで地の底まで落ちていた好感度も、少しずつ上がっていった。



 ◇◇◇



 しかし。ようやく平穏な学園生活を取り戻したかと思いきや――。

「エリィ。喉は乾いていないか?」
「肩が凝ってはいないだろうか」
「……君の好きな菓子を用意した」

 休み時間の度、クラウスは別の教室からやって来て、エルヴィアナの世話をやたらと焼きたがった。その様子を遠巻きに見ていた女子生徒たちが、ひそひそと内緒話をする。


「見て? またクラウス様が……」
「よっぽどエルヴィアナ様のことがお好きなのね」


 噂話が耳を掠め、エルヴィアナははぁと小さく息を吐いた。
 こちらの顔を覗き込んでくるクラウスの額を、指先でつんと押し離す。