彼女を失うなんて、考えられない。しかし、しばらくの逡巡の末、クラウスはもう一度拒否した。

「やはり結構だ。俺は、エルヴィアナの言葉しか信じたくない。彼女が伝えてくれるまで待ち続ける」

 ルーシェルはふふ、と余裕たっぷりに笑い、「殊勝なことですわね」と答えて去って行った。それからルーシェルは、度々クラウスに話しかけて来るようになった。彼女が王女である以上、無下にする訳にもいかず、適当に付き合っていた。

 二人を恋仲だと勘違いし、更にルーシェルの言葉に惑わされたエルヴィアナが、婚約解消を決心するとも知らずに。



 ◇◇◇



 今思えば、ルーシェルが話しかけて来るのはエルヴィアナが近くにいるときを選んでいたようにも思える。ルーシェルは二人の仲を拗らせようとしていたのだ。

 クラウスはエルヴィアナにもらったクッキーの箱を引き出しに収めた。それから、侍女に用意させた麻紐を、花冠に結んでいく。長期保存するために乾燥させてドライフラワーにするつもりだ。

(エリィは短絡的で、人の話をすぐ信じるところがある)

 昔本人も言っていたことを思い出す。魅了魔法のことを早くに打ち明けてくれていたら、ルーシェルの言葉を鵜呑みにしていなければ、もっと別の未来があったかもしれない。けれど、短所も含めて彼女のことが全部好きだ。
 自分でも戸惑ってしまうくらい、彼女に惚れている。少し優しくされればすぐに舞い上がってしまうような馬鹿な男なのだ。

 寝ても覚めても、頭にあるのはエルヴィアナのことばかり。こんなに想っていることを、きっと本人は知らないだろう。


『クラウス様が苦手なことはわたしが補うから。わたしはいつか、あなたのお嫁さんになるんだもの』


 いつかのとき、エルヴィアナに言われた言葉を思い出す。なら自分も、彼女の駄目なところも補えるような婚約者になりたい。そう思う。