公爵令嬢エルヴィアナ・ブレンツェは、王立学園の二年生だ。

 今日は、王都の公共ホールで新入生を歓迎するパーティーが開かれている。
 このパーティーは新入生だけでなく、二年生も招かれる。新入生に社交の場での振る舞い方や礼儀作法の見本を見せ、お互いに親睦をることを目的として。

 装飾が施された広間の片隅。エルヴィアナはある男女の姿を見つめていた。――またあの組み合わせだ、と思いながら。

 金髪につつじ色の瞳をした怜悧な美貌の青年と、桃色のウェーブのかかった長い髪に、くりっとした青い瞳をした娘。誰もがうっとりと見てしまうような、物語から飛び出してきたような美麗な彼らは、エルヴィアナの婚約者であるクラウス・ルーズヴァイン公爵令息と、この国の王女のルーシェル・エントだ。

 最近やたらと一緒にいるところを見かける。クラウスは人付き合いが浅く、基本的に一人でいることが多いのだが、ルーシェルはそんな彼にしょっちゅう声をかける。彼に婚約者がいると分かっていながら。王女という身分を盾にしたら、誰も無下にはできない。でも実際、クラウスの方も満更ではないのだと思う。

 ルーシェルは、ころころと表情を変え楽しそうにしている。時折頬を赤く染める姿は、完全に恋する乙女だ。

 すると次の瞬間――クラウスがふっと笑った。それを見て、心臓がきゅっとなる。

(わたしの前ではもうほとんど笑わなくなったのに)

 家の縁で生まれたときから彼との婚約は定められていた。昔は仲良くやっていたけれど、今は違う。彼はエルヴィアナの前ではほとんど笑わなくなった。ほとんどどころか、彼がどんな顔で笑うか思い出せないくらいで。

 すると、クラウスと仲が良さそうに話していたルーシェルと目が合う。彼女は、クラウスを置いてこちらにつかつかと歩いてきた。

「ごきげんよう、エルヴィアナさん」

 スカートを摘んで片足を引き、優雅に淑女の礼を執る彼女。こちらも合わせてお辞儀をする。

「そんなに怖い顔をなさって、どうかしましたの? 怒ってばかりいたら、若いのに皺になりますわよ」

 ルーシェルは眉間をつんと指差して、可憐に微笑んだ。指摘されて初めて、無意識に顔をしかめていたことを自覚した。

「わたくしね、あなたに教えて差し上げたいことがあるの」

 ルーシェルは花が咲いたような愛らしい笑顔で、唇の前に人差し指を立てて言う。


「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」