「と、いうことでー! ゲルダ役のミキちゃんが出れなくなったので、この、花織ちゃんにやってもらうことになりましたー!」
シ––––––––ン。
場違いすぎる、“匠サン”の能天気な声が、頭の中でぐわんぐわん反響する。
静かにパチ、パチ、パチ、と所々、拍手の音が聞こえる。
死にたい……。言っちゃいけないけど、空気が地獄すぎて……。
でも、ここはわたしが、ちゃんとしなきゃだよね!
深呼吸をする。
うん! わたし、いきます‼︎
「はじめまして、名波花織です。ゲルダ役として、精一杯がんばります! よろしくお願いします!」
––––今度は、盛大な、拍手をもらった。
「て、ことで。よろしくね、花織ちゃん。」
“匠サン”に言われる。
「……なにがですか。」
わたしがそう問うと、待ってましたと言うようにニッコリして。
「カイ役、オレなんだ。」
と言った。



……まさか、カイ役が“匠サン”だったなんて。
意外。演技、できるのかな。
まあ、わたしはわたしの最善を尽くすだけ。
ゲルダは、話し始める。 

「カイ……やっと、見つけたわ! わたしと一緒に帰りましょう!」
「––––君、誰?」
「‼︎」
「ストップ!」

監督の声で止まる。
「ここ、もっとショックを受けて。」
「……はい。」
正直、驚いた。
“匠サン”の演技に。その、表現力に。
きっと、誰もが、目を奪われてしまう。
その、スター性。
これが、役者の世界……。本物の、役者……。

––––わたし、もっと、頑張らなきゃ。

「––––君、誰?」
「……っ‼︎」
今度はストップがかからない。
今のでよかったんだ!
「わたしよ、カイ。わたしよ……。わからないの?」
“カイ”は、首をゆっくり横に振る。
瞳は翳(かげ)っていて、色なんて、ない。
「……わからない。」
“カイ”は、ポソリと言った。
すごい……。まるで、本物の“カイ”と話しているような、錯覚をしてしまう……!
––––楽しい。
演技が、とても楽しい。
もっと、もっと、演じたい!
「う、うわああああ‼︎」
ゲルダの悲しみのシーン。
わたしは、涙を流しながら、本当に悲しんだ。

……“つもり”だった。

「ストップ!」
監督の声がする。
やっちゃった……っ。

「そこのシーンは、静かに、でも、怒りと悲しみが交わる、“ゲルダ”のシーンなの。そんなんで、良いわけないでしょ。」

……そっか。
わたし、目先ばっか見てて、気づかなかった。
もっと、ゲルダの健気さを出さないと。
もっと、ゲルダになりきらないと。
––––いや。そうじゃない。

わたしは、ゲルダだ––––。