白愛が目の前で刺される夢を見た日、白愛と一緒に帰った。なぜかこの日だけは彼女と一緒にいなければならないような気がしたからだ。

予感は的中。やはり、白愛は刺されそうになった。

「嘘つき……嘘つき…………嘘つき……嘘つき!!!」

俺は咄嗟に庇うことが出来た、と信じていた。白愛を刺そうとして俺に刺さった刃物。刺した犯人は震えながら刃物を落として逃げて行った。

「紅斗くん!!」

大きな声でまた彼女が呼んでいる。刺されたことに戸惑いはしたけれど、あまり痛みは感じられなかった。

「紅斗くん!! 待ってね、救急車を呼ぶ──」

必死になって慌てながら救急車を呼ぼうとする白愛をとめた。

「え……?」

「……すぐに治るから大丈夫だよ、白愛」

大事な怪我ではない。少し休めは治る。だから俺は白愛に心配かけないように笑った。

「どういう……」

それでも彼女は震えていた。だから魔が差したのだ。彼女の震えが止まるならばと、願ってしまったからだろう。

無傷では無いから、ほんの少しだけ思い足取りで裏路地まで歩いた。ここにいればバレないとタカをくくって。

「待って、紅斗くん」

静かな裏路地。白愛は素直に着いて来てくれた。壁に寄りかかり静かに息を吐いた。

「白愛は……怪我してない?」

薄暗くなった空を見上げる。

「……してないよ」

そう言って右腕を隠す白愛。なぜかはすぐに分かった。

「……血の匂いがする…………怪我してるでしょ?」

俺が白愛の目を見ようとすると、彼女はあからさまに逸らした。そして露骨に話を逸らした。

「それより……どうしたらその怪我は治るの!?」

「それよりって…………アンタの怪我の方が俺からしたら一大事なんだけど」

この時は怒っていた。自覚があった。なぜなら自分の怪我なんて興味無さそうな白愛に腹が立ったからだ。自分を大事にして欲しい。もしこれでアンタが死んだら、俺はアンタの妹にも両親にも顔向けできない。俺が巻き込んだようなものなのだから。

俺が女子なんかを誑かして遊ばなければよかったのだから。

本当に魔が差した。

白愛の右腕を乱暴に掴み怪我を確認した。

「紅斗、くん……?」

白愛が恐る恐るといった感じで俺の名を呼ぶ。

「…………ねぇ血が白いなんて聞いてないけど……」

ヒュっ、と声にならない叫び声が聞こえた。まっすぐに顔を上げると、空を見上げて恐怖の顔で空を見上げていた。

「ねぇ…………! 白愛はもしかして……!!」

「それ以上は言っちゃダメだよ、紅斗くん」

そうして白愛は優しく少しだけ諦めたように俺を見た。俺は、そんな表情をさせてしまったことに罪悪感を抱いた。

「白愛は……俺の怪我を治したいと思う?」

俺は下を向いて白愛に聞いた。俺はこの時──いや、少し前から心に決めていた。

「もちろん!」

結果、白愛のその優しさに漬け込むようなことをしてしまうことになるけれど。

──っ!

俺は迷わずに白愛の右腕の傷から流れる白い血を舐めた。

あっま!!!!!

白い血を飲むことはを経験したことがなかったため、俺は一瞬にして白愛の血が好きになった。優して顔が良くて血が美味いって、最高かよ。

「あか、と……くん……」

白愛は驚いた表情をしたけれど、受け入れてくれた。だからそのまま傷を舐めた。少しだけ調子が良くなったからだ。

みるみる傷が治っていく。その姿に白愛は目を開いて驚いた。

「…………ええええ!?!?」

「うるさ……」

「だって傷が治っちゃったよ……何したの!? 紅斗くん……!!」

「…………舐めた」

冷静でクールなイメージはどこかに飛んでいったような気がした。明るくて優しい。今はそんなイメージだ。

傷が完全に治りきったのを見て驚く白愛に俺は笑みがこぼれた。

手招きをする。白愛は素直に俺に近づいてきた。いつか知らない人に騙されそうで怖い。

──ガブッ

「いっ……!」

白愛の首に歯を突き立て、勢いよく噛んだ。思ったよりも自分の血が外に流れていて気分が悪かったからだ。

甘くて美味しい白愛の血は、他の誰にも渡したくないと思った。

吸う時間を長くしてはいけないと、すぐにやめてしまったけれど、白愛はずっと首元を抑えていた。痛かったのか。加減を忘れた俺が悪いのだ。いつもなら雰囲気を作って噛み付くのだが、そんなことも忘れ、本能に従ってしまった。

「……ありがとう、白愛」

それでも俺は彼女にお礼を言った。今、俺の傷が治っているのは紛れもなく白愛のおかげだったからだ。

けれど傷が治る姿は普通の人からすると化け物なんだろうなと、俺は感じた。けれど白愛は違うようで、笑顔でこう言った。

「……良かったぁ、怪我が治って〜」

あぁ、俺が好きになったのが、大好きになったのがアンタで本当に良かった。心からそう思った。

そのあとは白愛を家まで送った。少し会話して、そして白愛は家に入り、俺は帰った。

白愛が好きだ。

大好きだ。

誰にも渡したくない。

俺だけの者にしたい。

けれど、白愛は俺を好きでいてくれてるだろうか。

この日だけはポジティブ思考の俺でもネガティブになってしまった。