フィオンはメリンが去っていった方を見て目を見張った。メリンは壁に吸い込まれていったのである。
 先ほどまでここにいた妖精の少女――本人はとってもお姉さんだと言っていたが――は、あんなにキスをしてくれと迫っていたのに、いざ自分がキスをしようとすると慌てて逃げていってしまった。
 逃げていった、では言葉に語弊があるかもしれない。フィオンを助けると言ってフィオンを抱きしめ、抱きしめ返そうとした途端に離れて壁に吸い込まれてしまったのだった。
 どういうことか、フィオンはメリンが言っていた妖精の通路というものがそこにあったのだと理解するまでに数十秒を無駄にしてしまった。我に返り慌ててシャツを肩に引っ掛け部屋を出てメリンの部屋へと向かう。
 ドンドンと激しくドアを叩きながら「メリン、開けるぞ」と律儀にも許可を取りドアを開けると、そこはもぬけの殻だった。
 バルコニーに続く窓が開け放たれ、カーテンが風に揺れている。風に誘われるがままにバルコニーへ出ると、月のない空に星がチカチカと瞬いていた。
 シャツが風で飛んでいきそうになったところでしっかりと袖に腕を通す。右肩は動かすと引き攣るようにじんわりと痛みが広がっていった。