欲しくて欲しくてたまらなかったフィオンからのキスだ。
 嬉しい。嬉しくて飛び上がりそうなのに、なぜか体は動かない。
 けれど。
 もし今キスをして、月の妖精の魔法が完全なものになったら私は妖精界へ帰れるのだろうか。バイオレットのことを認識できるのだろうか。
 そしたらフィオンを救うことができなくなってしまう。
 そう思い至ってしまい、私は思わず目をつぶってしまった。
 フィオンの唇は私のおでこに触れる。
 どうしよう。
 唇と唇でキスをするのだったっけ?
 口づけをもらうだけでよかったのだったっけ?
 まさかの混乱に慌てて目を開けると、フィオンはもう一度近づいてきた。
 もしかして、またキスしてくれるんだ!!
 そんなことまでわかってしまった私は、妖精の通路の方を見る。
 妖精の通路をまだ確認できたことを喜ぶとともに、フィオンが私のことを少なからず想ってくれていると確信した(だって二度もキスする?)私は「待って!」とフィオンの胸板に手を当てた。
 スベスベで手触りの良い肌に、ついうっとりしてしまう。ずっとこのまま一緒にいたいし、もっとキスしてほしい。
 けれど私はフィオンを助けなければ。
「本当にここへ来てよかった。絶対に助けるから待っていてね」
 ぎゅっとフィオンを抱きしめる。
 こんなふうにフィオンを抱きしめるのは初めてだ。
 やっと好きな人を抱きしめられた。
 幸せな気持ちに浸りながら、深呼吸をする。そして心を奮い立たせフィオンから離れた。
 これ以上いると決意が鈍ってしまいそうで、踵を返して妖精の通路へと飛び込んだ。