長く美しく輝く髪が、月の妖精の肩からさらりとひと束落ちる。
「高くつくけどね」
 その髪が落ちるところも覗き込む仕草も全ての動作が美しすぎて、フィオンは眩暈がした。
 こういった類の生き物は、こちらの命の危険があることを全身で感じていた。
 バイオレットは「今度は何を要求されるんだろう」と気が気ではない。メリンの後ろから出てこようとしないでメリンにしがみついたままである。
「俺が払える代償でお願いしたいところなのですが、難しいでしょうか。見ての通り、手ぶらで来てしまったので」
 フィオンは意を決して発言した。
 背丈はほとんど変わらないのに、大きな存在に相対している気分だ。実際に月の妖精の方がフィオンの何百倍もの年月を生きているのだった。だが、フィオンはそれを知らない。いまだにメリンも同じくらいの年だと思っているのである。
「ぼくは命のかけらを集めるのが生きがいなんだけど」
 そう言って月の妖精はひとつの小瓶を棚から取り上げた。
「これはメリンの命のかけらだよ。どう、美しいでしょ。エキザカムの妖精がぼくの所に来るのは珍しいからね。絶対に欲しかったんだ」
 月の妖精の手にある小瓶の中身の、まるで宝石のような薄紫色の丸い石をフィオンは見つめた。確かに美しい。だがそれがメリンの一部だったというと、なんだか無性にやるせなくなった。メリンに戻すことができたらどんなにいいだろうか。しかし自分にその力が無いことは、痛いほどわかっていた。何しろ手ぶらで、しかも呪いを受けている身である。もし騎士の剣などでも持ってきていれば、少しは違ったのだろうか。
「こんな素晴らしいものをぼくに差し出して人間界へ行ったのに、結局妖精になって戻ってきたんだよ。ぼくはびっくりしたよ。どうして口づけしなかったんだい」