それから続々と貴族の夫人達が来店した。その方達は皆一様に、「ロレーヌがいないアサート宝石店などに用はない」と、注文のキャンセルをしてきた。特にたくさんの宝石を承っていたのがアンヌ・ロール侯爵夫人だ。その方は作成途中の物さえも、作り続けることを許してくださらなかった。

「作成途中の物はこちらで引き取り、かかった手間賃はお支払いします。そして、お願いをしていた全ての宝石はキャンセルです!」
 明らかに不機嫌な顔付きと声色できっぱりとそうおっしゃった。

「もしかして、作成途中の物も含めて全てを、ウィドリントン宝石店に持っていくおつもりですか?」

「えぇ、あちらにはロレーヌがいますからね」

(なんてこった。なぜロレーヌはこれほど、貴族のご夫人達に好かれているんだ? なぜロレーヌに拘るんだろう?)

「すみません、ロレーヌのどこがそれほど気に入ったのですか? あいつは宝石のデザインもできないし、手先が不器用なので、ネックレスや指輪を加工することもできないです。ただ愛想が良いだけのつまらない女ですよ」

「あなたはロレーヌがなにをしていたのかご存じないの? 彼女は私や娘のお誕生日には、必ず素敵なメッセージカードを添えたお花を届けてくれたのよ。それから私が趣味で描いている油絵の個展にまっさきに来てくれたり、怪我をして入院した際には頻繁にお見舞いに来て、楽しいお話しで気を紛らわせてくれたわ。ロレーヌはこちらが嬉しくなるようなことを当たり前にできる素晴らしい女性なのよ。だから、私はロレーヌからしか宝石は買いません!」

 知らなかった。顧客管理はロレーヌに任せっぱなしだったが、そんなことまでしていたなんて意外だった。

「ですが、母のデザインと僕の腕は確かです。作成途中の物だけでも仕上げさせてくださいよ」

「あら、自覚がないのね? 悪いけどあなたのお母様のセンスって微妙なのよ。それからあなたの腕は良くも悪くもない。どこにでもいる宝飾師だわ」

「くっそ! 侯爵夫人だからって言い過ぎだぞ! 貴族だからって威張りすぎだよ」

「あら、まぁーー。私に向かってその口の利き方は許せませんわねぇ。手をお出しなさい」

 つい口からでてしまった失言に後悔しながら手を差しだした。ロール侯爵夫人の扇が振り下ろされるのを黙って見ていた。

(あんな上品な軽い扇で叩かれたところで痛くもかゆくもないさ)

「いっ、痛っ! 痛い、痛い。なんですか、これは?」

「特別注文の扇ですわよ。中に金属が入っておりますの。女だからって舐めない方がよろしくてよ? 今はあなたのように無礼な男性も多くて、私の友人達は皆このような扇を持っていますからね」

 僕の手の甲が赤く腫れていく。かなりの痛さで痣も浮き出し始めた。しかし、やり返したくても、両脇にはロール侯爵家お抱えの護衛騎士がついており睨みをきかせていた。

「アンヌ・ロール侯爵夫人に謝れ! あの暴言は許せん。本来ならムチで打たれるところだぞ」

「も、申し訳ありませんでした」

 ムチが怖くてすぐさま跪(ひざまづ)いた。不敬罪で使われるムチは馬に使うムチとは違う。相当威力のある物で、一度でも叩かれると確実に肌が裂ける。そんなものを複数回振り下ろされたら死んでしまうよ。だから何度も何度も頭を床にこすりつけた。言論の自由がないこの国は間違っているよ。

 翌日届いたのは請求書の束だ。先月張り替えた壁紙の代金もそこに含まれている。なんてことだ・・・・・・こんな額払えるわけがない。宝石の注文は先日、全てキャンセルされたんだぞ。

(困った・・・・・・僕はいったいどうすればいいんだ?)