「離婚調停日の調整? なんだよ、これ?」

 僕は夕方まで待ってロレーヌの勤務しているウィドリントン宝石店に向かった。そこは王都で一番豪華な宝石店で、アサート宝石店など比較の対象にもならない高級店だった。複数の宝飾師を雇い有名宝石デザイナーも多く在籍している。
 日が落ちてきたけれどまだ明るい空で、さまざまな店が建ち並ぶ通りを、少し緊張しながら歩いていく。僕は店の前で深呼吸をした。豪華な扉に早くも胸が波打つ。

 店内に入ると天井にはシャンデリア、床には上品なベージュを基調とした絨毯が敷かれ、一流店の風格に圧倒される。ここにある物、全てが本物だ、と自己主張しているようだった。
 ロレーヌは奥の応接間で接客をしているところだった。その相手はなんとアンヌ・ロール侯爵夫人だった。

(どうしよう。ここまで来たのに引き返そうかな)

 帰るべきか悩んでいると、ウィドリントン宝石店の店長らしき人物が近寄って来た。

「どのような宝石をお探しでしょうか?」
 とても愛想が良く礼儀正しい。

「あ、あのぉーー。買いに来たのでは無くて・・・・・・そのぉ・・・・・・ロレーヌを迎えにきただけなのです」
「え? ロレーヌさんはウィドリントン宝石店の宝ですよ。どういったお話でしょうか? 今、支配人を呼びますから、少しお待ちください」
「え? 支配人? そんなに大袈裟にしなくてもいいですよ。わたしは彼女の夫ですから」
「ははぁーーん。あなたが例のね。お引き取り願いましょうか。ロレーヌさんからあなたとは離婚すると聞いていますよ。妻の親友と浮気をしていたそうですね? 愚かなことです」
 最後の言葉はとても密やかだったけれど、アンヌ・ロール侯爵夫人にはしっかり聞こえていたようだ。

「ロレーヌ。なんてことなの? 可哀想に。浮気だけでもショックなのに、妻の親友とロレーヌを裏切っていたなんて・・・・・・私はロレーヌを応援しますよ。宝飾師としての腕は半人前なのに、そういうことだけは一人前なのね。本当に身の程知らず。あなたのような男にロレーヌは勿体ないです」

「アンヌ・ロール侯爵夫人、申し訳ありませんが全て誤解なのです。ロレーヌは拗ねているだけなのですよ。浮気なんてしていませんし、なによりそのような証拠などないでしょう?」

「証拠ならあります。アロイス先輩の部下が、ガブリエルとサイラが手を繋ぎ、キスをしながら歩いているところを目撃していたのですって。こちらには証人がいます」

「証人? アロイスさんの部下が嘘を言っているかもしれないだろう? 証人なんて証拠にならないよ」

「ガブリエルは証人の方が嘘を付いていると言うの?」

「あぁ、そうさ。だって人違いかもしれないし、その人の目が悪くて他人の空似ということもある。世の中には虚言癖の人もいるしね。仲の良い夫婦に嫉妬して、僕らのことを引き裂こうとしているんだよ。いわゆる愉快犯的な奴だ。可哀想な人なのだよ」

 僕は必死で誤魔化そうとした。ここは、証人が間違っているというふうにしないと困ったことになるからだ。この国は一夫一婦制。不貞行為は慰謝料の対象になるし離婚原因にもなる。絶対に認めるわけにはいかない。

「ガブリエル、あなたはきっと不敬罪でムチ打ちの刑ね。だって証人ってルイ・シャルル様よ。シャルル公爵家の次男で文官として王城で働いているわ。文官の仕事を把握する為にアロイス先輩の部下になっているけれど、いずれ大臣職に就くことを約束された方よ」

「え? アロイスさんは平民だろう? 公爵家の坊っちゃんが部下なんてあり得ないよ」

「無知って怖いですわね。国王陛下は平民でも優秀でありさえすれば役職を与える方ですよ。たしかアロイス様は文官のトップになったばかりだと聞いたわね。異例の出世なのですわ。それに、麗しいことで有名です。それにしても良いタイミングで不敬なことをおっしゃってくださいましたわ。私も支配人も証人になることができますもの」

(待ってくれ・・・・・・どんどん悪い状況になっていくのだが・・・・・・誰か、助けて・・・・・・)