🍦
泪を堪え、洟を啜りながら改札に入り電車を待つ。
喧嘩したとき、感情的になりすぎて地面を強く踏みながら歩いたせいで下駄の鼻緒が親指と人差し指を刺激して痛い。
「もう、最悪」
誰かに聞いてほしくて優梨に電話して愚痴る。
「雪落さんってなかなか鈍感だね」
「マジでありえんよね」
「でも紫苑のことを大切に想ってるからこそ電話に出たんだと思う」
私の気持ちを汲んで電話を出たことはわかっている。
電話の相手も内容も包み隠さず話してくれたことが彼の優しさだということもわかっている。
浴衣を新調して、ネイルも可愛くして気合い入れて臨んだのに、2人だけの思い出にしたかったのに邪魔された。
つないだ手、離さなければよかった……
「せっかくの楽しいデートやったのに最後の最後で台無しにされたんよ?優梨は許せると?」
「気持ちはわかるけど、時間が経てば経つほど仲直りするタイミングなくすよ?」
「どうしたらいいと?」
「ちゃんと会って話すべきだよ」
電車が来たのと同時に頭の中を整理する。
花火大会終わりということもあって車内はほぼ満員。
会って話すべきって言われても何て言ったらいいの?
吊り革に掴まりながらスマホを開いてメッセージを打つ。
(さっきはごめん。直接会って謝りたいけんこれから会えん?)
送信ボタンが押せずにメッセージを消してはまた同じ内容を打つ。
でもやっぱり送れない。
スマホの画面を見ながら考えなくても良いことまで考えてしまう。
しばらくすると、背後からひどい悪寒がした。
誰かに何かを触られた気がした。
まさか痴漢?
そんなわけないよね。
前の駅でも満員だったし、ただの不可抗力だと思う。
再びスマホを見ながらメッセージを打っては消すことを繰り返す。
結局送ることはできなかった。
次の駅に着く前、電車が揺れた。
するとその流れに乗じてお尻を触られた。
今度はたしかに手のひらの感覚を感じる。
身体が一瞬で硬直し、恐怖で声が出ない。
ぎゅうぎゅう詰めの車内では周りの人もスマホに夢中で気がついていない様子だ。
(けいくん、助けて……)
心の中で叫んだ。
来るはずないってわかっているのに。
つないだ手を勝手に離しておいて来るはずがない。
そう思った次の瞬間、
「おい、何触ってんだよ」
ドスの利いた声が車内に響く。
その声に反応し、多くの人がこちらを見ている。
お尻を触っていた男の腕を持ち上げ、いまにも相手の腕をへし折りそうな勢いで睨めつけている人がいた。
眉を顰め、眼鏡の奥から見える鋭く細い目で威圧しているその人は間違いない。
彼だ。
腕を持ち上げられている男はスーツ姿の30代前半くらいの人で明らかに狼狽している。
その証拠に大量の脇汗が白いシャツを濡らしている。
「紫苑、次の駅で降りるぞ」
「う、うん」
彼のこんな怖い顔はじめて見た。
でもなんで同じ車両に?
痴漢男の手を引っ張り強引に降ろす。
「ち、違います。何もしてません」
彼は何も言わずに相手を睥睨している。
「触られたよな?」
私は黙って首肯する。
「本人が触られたって言ってんだよ」
「ほ、本当に違うんです。信じてください」
「なら誣告罪でこっちを訴えるか?訴えてみろよ。その代わり、人の女に手を出したことを一生後悔させてやるからな」
その見た目でそんな恐いこと言ったら恐喝みたいに見えるよって思ったけれど、こんなにも私のために怒ってくれたことが嬉しかった。
「……すみませんでした」
「俺じゃなくて彼女に謝れよ」
その後警察がやってきて痴漢男は逮捕された。
後日知ったけれど、その人には奥さんと子供がいたらしい。
この話をもし優梨にしたら、そんなやつ絶対死刑だよとかって言うだろうからやめておこう。
「水飲む?」
彼がペットボトルを渡してくれた。
恐怖や憎悪など様々な感情で喉がカラカラだった。
「ありがと」
「アイス食べに行く?」
「うん、行く」
アイスを買いに行く途中、言わなければいけないことがあった。
「さっきはごめんね」
「俺の方こそ紫苑の気持ち考えずに軽い返事してごめん」
私の方が稚拙で矮小だったと反省しているけれど、彼は彼で思っていることがあったようだ。
「そういえば、どうしてあの電車におったと?」
「直接謝りたくて追いかけていったんだけど、人混みで全然追いつかなくてさ。改札通ったらちょうど電車が来て飛び乗った。そこで紫苑を見つけてなんとか近づいていったらあの男が痴漢してるのが見えて、そっからは無心だった」
この人は好きをちゃんと行動でも表してくれるから安心する。
「そっか、助けてくれてありがとう」
「家まで送っていくよ」
「うん」
きっと私は彼のこういう誠実なところが好きなんだと思う。
泪を堪え、洟を啜りながら改札に入り電車を待つ。
喧嘩したとき、感情的になりすぎて地面を強く踏みながら歩いたせいで下駄の鼻緒が親指と人差し指を刺激して痛い。
「もう、最悪」
誰かに聞いてほしくて優梨に電話して愚痴る。
「雪落さんってなかなか鈍感だね」
「マジでありえんよね」
「でも紫苑のことを大切に想ってるからこそ電話に出たんだと思う」
私の気持ちを汲んで電話を出たことはわかっている。
電話の相手も内容も包み隠さず話してくれたことが彼の優しさだということもわかっている。
浴衣を新調して、ネイルも可愛くして気合い入れて臨んだのに、2人だけの思い出にしたかったのに邪魔された。
つないだ手、離さなければよかった……
「せっかくの楽しいデートやったのに最後の最後で台無しにされたんよ?優梨は許せると?」
「気持ちはわかるけど、時間が経てば経つほど仲直りするタイミングなくすよ?」
「どうしたらいいと?」
「ちゃんと会って話すべきだよ」
電車が来たのと同時に頭の中を整理する。
花火大会終わりということもあって車内はほぼ満員。
会って話すべきって言われても何て言ったらいいの?
吊り革に掴まりながらスマホを開いてメッセージを打つ。
(さっきはごめん。直接会って謝りたいけんこれから会えん?)
送信ボタンが押せずにメッセージを消してはまた同じ内容を打つ。
でもやっぱり送れない。
スマホの画面を見ながら考えなくても良いことまで考えてしまう。
しばらくすると、背後からひどい悪寒がした。
誰かに何かを触られた気がした。
まさか痴漢?
そんなわけないよね。
前の駅でも満員だったし、ただの不可抗力だと思う。
再びスマホを見ながらメッセージを打っては消すことを繰り返す。
結局送ることはできなかった。
次の駅に着く前、電車が揺れた。
するとその流れに乗じてお尻を触られた。
今度はたしかに手のひらの感覚を感じる。
身体が一瞬で硬直し、恐怖で声が出ない。
ぎゅうぎゅう詰めの車内では周りの人もスマホに夢中で気がついていない様子だ。
(けいくん、助けて……)
心の中で叫んだ。
来るはずないってわかっているのに。
つないだ手を勝手に離しておいて来るはずがない。
そう思った次の瞬間、
「おい、何触ってんだよ」
ドスの利いた声が車内に響く。
その声に反応し、多くの人がこちらを見ている。
お尻を触っていた男の腕を持ち上げ、いまにも相手の腕をへし折りそうな勢いで睨めつけている人がいた。
眉を顰め、眼鏡の奥から見える鋭く細い目で威圧しているその人は間違いない。
彼だ。
腕を持ち上げられている男はスーツ姿の30代前半くらいの人で明らかに狼狽している。
その証拠に大量の脇汗が白いシャツを濡らしている。
「紫苑、次の駅で降りるぞ」
「う、うん」
彼のこんな怖い顔はじめて見た。
でもなんで同じ車両に?
痴漢男の手を引っ張り強引に降ろす。
「ち、違います。何もしてません」
彼は何も言わずに相手を睥睨している。
「触られたよな?」
私は黙って首肯する。
「本人が触られたって言ってんだよ」
「ほ、本当に違うんです。信じてください」
「なら誣告罪でこっちを訴えるか?訴えてみろよ。その代わり、人の女に手を出したことを一生後悔させてやるからな」
その見た目でそんな恐いこと言ったら恐喝みたいに見えるよって思ったけれど、こんなにも私のために怒ってくれたことが嬉しかった。
「……すみませんでした」
「俺じゃなくて彼女に謝れよ」
その後警察がやってきて痴漢男は逮捕された。
後日知ったけれど、その人には奥さんと子供がいたらしい。
この話をもし優梨にしたら、そんなやつ絶対死刑だよとかって言うだろうからやめておこう。
「水飲む?」
彼がペットボトルを渡してくれた。
恐怖や憎悪など様々な感情で喉がカラカラだった。
「ありがと」
「アイス食べに行く?」
「うん、行く」
アイスを買いに行く途中、言わなければいけないことがあった。
「さっきはごめんね」
「俺の方こそ紫苑の気持ち考えずに軽い返事してごめん」
私の方が稚拙で矮小だったと反省しているけれど、彼は彼で思っていることがあったようだ。
「そういえば、どうしてあの電車におったと?」
「直接謝りたくて追いかけていったんだけど、人混みで全然追いつかなくてさ。改札通ったらちょうど電車が来て飛び乗った。そこで紫苑を見つけてなんとか近づいていったらあの男が痴漢してるのが見えて、そっからは無心だった」
この人は好きをちゃんと行動でも表してくれるから安心する。
「そっか、助けてくれてありがとう」
「家まで送っていくよ」
「うん」
きっと私は彼のこういう誠実なところが好きなんだと思う。

