☕️
季節は夏。
梅雨のジメジメを乗り越え、半袖1枚でも蒸し暑さが残る。
お盆前の三連休初日に近くの花火大会に行くことになった。
太陽は真上から熱の帯びた光を浴びせ、日陰に行かないと少し汗ばむ。
これだけ暑いと頭がクラクラしてくる。
紫外線とかセロトニンとかそんなことはどうでも良くなるくらいの暑さに日差しそのものが嫌いになりそう。
前回と違って今回は恋人として行く。
同じイベントなのに感覚がまるで違うのは気のせいだろうか。
前日買ったストライプ柄の黒の浴衣を着て駅で待ち合わせる。
「お待たせ」
振り向くとニコッと笑う彼女がいた。
白地に青のダリアがデザインされた浴衣とサックスブルーの帯の組み合わせでやってきた。
首元にはレースが見える。
すらっとした白く細い脚がが太陽の光に照らされ、身も心も誘惑された。
アップにした髪とそこから見える頸は目のやり場をどこに持っていって良いのかわからなくさせ、ぷくっとした唇にそのまま吸い込まれそうになった。
花火が打ち上がるまではまだ時間があるので、軽くランチをすることにした。
少し歩いた先にあるレストランでランチをした後も日差しは熱を帯びたまま。
「ねぇ、アイス食べたい。コンビニ寄ろうや」
近くのコンビニで彼女がアイスを、俺はホットコーヒーを頼み、イートインスペースで休憩する。
「けいくんって夏もホット飲みよるよね」
「夏に熱いコーヒーを飲む。これがいいんだよ」
「それわかるかも。真冬に冷たいアイスを食べとると身体がキュッとなるやん?それと同じ感じやろ?」
いや、その感覚全くわからない。
俺はホットコーヒーが好きなだけなのだが。
「全然ピンときとらんやん」
そう言いながらもバニラアイスが溶ける前に食べ切ろうとカップと向き合っている。
「友達も暑い日に熱いのを飲むんよね。スタイルが良いのはそのせいかな。それにしてもこのアイス美味しい!」
1人呟きながら美味しそうに食べている彼女の横顔は楚々とした姿とは逆の少女のような可愛らしさを垣間見せた。
「なぁ、紫苑」
「ん?」
スプーンを口に入れながら首を傾げて俺の方を見る。
「今日の格好似合ってる」
驚いた様子の彼女は目を瞬かせながら下を向いた。
その頬はみるみるうちに赤らんでいく。
いつも下ろしていて見えない耳も燃え盛る炎のように真っ赤に染まっている。
「あ、ありがと」
思っていたよりも恥ずかしがる彼女の仕草にこちらも恥ずかしくなってきた。
「似合っとーよ」
恥ずかしさを隠すようにえせ博多弁で返すと、
「40点」
お互い目を合わせて破顔する。
前回よりもちょっとだけ点数が上がった。
カフェに行って時間を潰す。
次の休みどこに行く?とか、好きなアニメがもし実写化されたら誰が適任だと思う?とかそんな話をしているうちにあっという間に陽が落ちていた。
彼女と待ち合わせる前に場所取りしておいた河川敷へ向かう。
「いつの間に取っといたと?」
「俺の分身がいてさ、そいつにお願いしておいた」
「何それ?」
橋を照らす街灯と車のヘッドライト。
水面に反射するマンションの光がこれから打ち上がる花火のお膳立てをしている。
静かさに包まれた街を牛耳るかの如く一つの花火が天高く打ち上がった。
歓声とともに多くの人がスマホで動画を撮っている。
それに続けとばかりに右の空、左の空と花火が順々に上がっていく。
打ち上がる花火を見ている彼女の瞳はとても美しく、心の奥底まで踊らせた。
そっと手を握ると、花火を見たままギュッと握り返してくれた。
「楽しかったね」
「うん。こんなに楽しい花火大会、私はじめてかも」
それは純粋な言葉だと感じた。
「また来年行こうね、けいくん」
「約束する」
つないでいた手を強く握った。
駅の光が見えると同時に人の数が増える。
出店が街に賑わいと彩を与える。
駅前に近づくと電話が鳴った。
付き合いたてのころ、デート中に電話が鳴ったことがある。
そのとき電話に出るべきか迷ったが、やましいことがないなら電話に出てという彼女の言葉を素直に受け入れ、それからは必ず電話に出るようにしている。
そのほとんどが仕事の電話だった。
「ごめん、ちょっと」
と言って手を離し、電話に出る。
ー話はすぐ終わった。
正直大した話ではなかった。
果たして電話する必要あっただろうか?
「誰からやったと?」
「梨紗からだった」
梨紗というワードに反応し、一瞬彼女の眉間に皺が寄る。
「なんて?」
「さっき河川敷にいた?って話だった」
「それだけ?」
「それだけ」
「……なにそれ」
彼女の表情かわ忽ち曇っていく。
「梨紗さんにはもう会わんで」
「え?何で?」
「電話も嫌」
「どういうこと?」
「だって、けいくんのこと絶対好きやもん」
「いや、さすがにそれはないっしょ」
あの梨紗に限ってそれはない。付き合っていたころに比べて仲は良くなったと思うが、復縁とかそういう感じじゃない。フラれた側だし、そもそも俺にその気はない。
しかし、彼女とは熱量が違った。
付き合ってはじめてというくらいに怖い表情でいる。
「帰る」
つなぎ直した手を離し、止まっていた足が駅の方へと動き出した。
急な展開に一瞬何が何だかわからなかった。
「おい、紫苑」
後ろから呼び止めようとしても反応がなかったので、彼女の腕をつかんで止めた。
「離して」
振り向くこともせずに低く冷たい声でそう言う。
「何怒ってんだよ」
「怒っとらんし」
「怒ってんじゃん!」
「怒っとらんし!」
その力のこもった声にはどこか悲哀を孕んできるようにも思えた。
つかんだ腕を振り払い、足早に去っていく彼女を追いかけようとするが、それを拒むように電車が目の前を横切っていく。
夏の駅を彩る提灯たちは俺たちの心を遠ざけるかの如く儚く光を灯していた。
季節は夏。
梅雨のジメジメを乗り越え、半袖1枚でも蒸し暑さが残る。
お盆前の三連休初日に近くの花火大会に行くことになった。
太陽は真上から熱の帯びた光を浴びせ、日陰に行かないと少し汗ばむ。
これだけ暑いと頭がクラクラしてくる。
紫外線とかセロトニンとかそんなことはどうでも良くなるくらいの暑さに日差しそのものが嫌いになりそう。
前回と違って今回は恋人として行く。
同じイベントなのに感覚がまるで違うのは気のせいだろうか。
前日買ったストライプ柄の黒の浴衣を着て駅で待ち合わせる。
「お待たせ」
振り向くとニコッと笑う彼女がいた。
白地に青のダリアがデザインされた浴衣とサックスブルーの帯の組み合わせでやってきた。
首元にはレースが見える。
すらっとした白く細い脚がが太陽の光に照らされ、身も心も誘惑された。
アップにした髪とそこから見える頸は目のやり場をどこに持っていって良いのかわからなくさせ、ぷくっとした唇にそのまま吸い込まれそうになった。
花火が打ち上がるまではまだ時間があるので、軽くランチをすることにした。
少し歩いた先にあるレストランでランチをした後も日差しは熱を帯びたまま。
「ねぇ、アイス食べたい。コンビニ寄ろうや」
近くのコンビニで彼女がアイスを、俺はホットコーヒーを頼み、イートインスペースで休憩する。
「けいくんって夏もホット飲みよるよね」
「夏に熱いコーヒーを飲む。これがいいんだよ」
「それわかるかも。真冬に冷たいアイスを食べとると身体がキュッとなるやん?それと同じ感じやろ?」
いや、その感覚全くわからない。
俺はホットコーヒーが好きなだけなのだが。
「全然ピンときとらんやん」
そう言いながらもバニラアイスが溶ける前に食べ切ろうとカップと向き合っている。
「友達も暑い日に熱いのを飲むんよね。スタイルが良いのはそのせいかな。それにしてもこのアイス美味しい!」
1人呟きながら美味しそうに食べている彼女の横顔は楚々とした姿とは逆の少女のような可愛らしさを垣間見せた。
「なぁ、紫苑」
「ん?」
スプーンを口に入れながら首を傾げて俺の方を見る。
「今日の格好似合ってる」
驚いた様子の彼女は目を瞬かせながら下を向いた。
その頬はみるみるうちに赤らんでいく。
いつも下ろしていて見えない耳も燃え盛る炎のように真っ赤に染まっている。
「あ、ありがと」
思っていたよりも恥ずかしがる彼女の仕草にこちらも恥ずかしくなってきた。
「似合っとーよ」
恥ずかしさを隠すようにえせ博多弁で返すと、
「40点」
お互い目を合わせて破顔する。
前回よりもちょっとだけ点数が上がった。
カフェに行って時間を潰す。
次の休みどこに行く?とか、好きなアニメがもし実写化されたら誰が適任だと思う?とかそんな話をしているうちにあっという間に陽が落ちていた。
彼女と待ち合わせる前に場所取りしておいた河川敷へ向かう。
「いつの間に取っといたと?」
「俺の分身がいてさ、そいつにお願いしておいた」
「何それ?」
橋を照らす街灯と車のヘッドライト。
水面に反射するマンションの光がこれから打ち上がる花火のお膳立てをしている。
静かさに包まれた街を牛耳るかの如く一つの花火が天高く打ち上がった。
歓声とともに多くの人がスマホで動画を撮っている。
それに続けとばかりに右の空、左の空と花火が順々に上がっていく。
打ち上がる花火を見ている彼女の瞳はとても美しく、心の奥底まで踊らせた。
そっと手を握ると、花火を見たままギュッと握り返してくれた。
「楽しかったね」
「うん。こんなに楽しい花火大会、私はじめてかも」
それは純粋な言葉だと感じた。
「また来年行こうね、けいくん」
「約束する」
つないでいた手を強く握った。
駅の光が見えると同時に人の数が増える。
出店が街に賑わいと彩を与える。
駅前に近づくと電話が鳴った。
付き合いたてのころ、デート中に電話が鳴ったことがある。
そのとき電話に出るべきか迷ったが、やましいことがないなら電話に出てという彼女の言葉を素直に受け入れ、それからは必ず電話に出るようにしている。
そのほとんどが仕事の電話だった。
「ごめん、ちょっと」
と言って手を離し、電話に出る。
ー話はすぐ終わった。
正直大した話ではなかった。
果たして電話する必要あっただろうか?
「誰からやったと?」
「梨紗からだった」
梨紗というワードに反応し、一瞬彼女の眉間に皺が寄る。
「なんて?」
「さっき河川敷にいた?って話だった」
「それだけ?」
「それだけ」
「……なにそれ」
彼女の表情かわ忽ち曇っていく。
「梨紗さんにはもう会わんで」
「え?何で?」
「電話も嫌」
「どういうこと?」
「だって、けいくんのこと絶対好きやもん」
「いや、さすがにそれはないっしょ」
あの梨紗に限ってそれはない。付き合っていたころに比べて仲は良くなったと思うが、復縁とかそういう感じじゃない。フラれた側だし、そもそも俺にその気はない。
しかし、彼女とは熱量が違った。
付き合ってはじめてというくらいに怖い表情でいる。
「帰る」
つなぎ直した手を離し、止まっていた足が駅の方へと動き出した。
急な展開に一瞬何が何だかわからなかった。
「おい、紫苑」
後ろから呼び止めようとしても反応がなかったので、彼女の腕をつかんで止めた。
「離して」
振り向くこともせずに低く冷たい声でそう言う。
「何怒ってんだよ」
「怒っとらんし」
「怒ってんじゃん!」
「怒っとらんし!」
その力のこもった声にはどこか悲哀を孕んできるようにも思えた。
つかんだ腕を振り払い、足早に去っていく彼女を追いかけようとするが、それを拒むように電車が目の前を横切っていく。
夏の駅を彩る提灯たちは俺たちの心を遠ざけるかの如く儚く光を灯していた。

