千秋先生は極甘彼氏。



 その言葉に反応したのは今まで二人のやりとりを黙って聞いていたお父様だった。彼はわざとらしく、明らかに挑発とわかるように大袈裟に溜息をついた。

 「まだそんな甘ったれたことを言ってるのか」
 「どこが甘えてますか?ただの考えの違いでしょうに」
 「千秋の家に生まれた以上外科医になるのが宿命だと言ってるだろう」
 「別に“千秋”を捨てたっていいんです。俺にとってなんの執着も思い入れもないですから」

 柾哉さんはキッパリとはっきりと言い切った。お父様の顔は一層険しくなる。

 「いま、医療現場で患者は年々増える一方だ。それなのに医者の数もベッドの数も足りない。うちだけで良い設備を揃えるのが難しい。だったら統合して良い病院を作る。人を増やして、設備投資費用も増やす。現実を見ればそう考えるのが普通だろう」

 「だから“考えの違い”だと言っているでしょう?普通かどうかはともかく、確かにそういう考え方もあります。別に俺はそれを否定しているわけではない。ただ、父さんの人生と俺の人生は別です。俺には信じた医学があり、それを突き進みたいと考えている。ただそれは外科医ではなかっただけの話です」

 柾哉さんは淡々と返した。お互いに相容れない相手、と認識しているせいかそれ以上の言葉が続かない。そこへ水を差したのが茅野さんだ。

 「だ、だったら、精神科も充実させればいいじゃない。どのみちメンタル不調者もこれから増えるでしょうし」

 名案だ、と喜んだ茅野さんに柾哉さんは呆れた目を向けた。

 「産業医は病院で勤務をしない。職場は企業、ひいては事業場だ。そんなこともわからないのか」
 「し、知らないわよ。私は外科医だもの」
 「それを胸を張っていうことじゃないだろう?第一、茅野はなぜ俺にそこまで固執する?別に外科医で茅野の実家の病院を継いでくれる男を見つければいい話だろう」

 柾哉さんがイライラとしながら茅野さんに告げる。柾哉さんはきっとわかっているはずなのに、私はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ茅野さんに同情した。