千秋先生は極甘彼氏。


 

 (もう寝てるかな…)

 本当はもっと早く帰るつもりだったのに、とほろ酔いの頭で若干後悔しながら電車に乗った。それでも美雨ちゃんとたくさん話せて胸のつっかえはだいぶとれた。

 今日もし、私一人ならもっとモヤモヤしていたかもしれない。
 美雨ちゃんがいてくれてよかった、と思いながら柾哉さんにメッセージを送る。

 そして、それほど待たずとも柾哉さんから返事がきた。「まだ起きてるよ」とのことだ。「話せる?」と聞いたら「いいよ」と返ってきたので「家に着くまで待って」と打ちかけて電車を飛び降りた。

 (…っ、会いたい)

 もやもやは消えたはずなのに、それでも顔が見たくなった。
 今日会ったばかりだ。しかも一瞬だったけどギュッとしてキスもした。
 それでもやっぱり声を聞きたい。だけど声を聞けばきっと抱きしめて欲しくなる。

 (私の、だもん)

 茅野さんは“婚約者”と名乗った。おまけに“柾哉”と呼び捨てだ。

 (私の彼氏なのに…!)

 百歩譲って名前呼びはいい。でも誰が通るかわからない場所で嘘をつくのはやめてほしかった。人を泥棒猫みたいに言われたことに腹が立つ。

 そもそも柾哉さんは彼女の連絡を無視しているのに。
 きっと連絡がつかないから私のところに来たんだと思うけど。

 段々と怒りが戻ってきて彼の自宅前に着く頃には怒りがぶり返していた。
 彼にもらった合鍵でロックを外そうとして、少し冷静になって部屋番号を押す。

 『果穂?』
 「はい、会いたくて」
 
 ダメだったかな?と画面を眺めていると『どうぞ』とロックが解除される。
 エレベーターで早々と10階にあがると、彼がエレベーターの前で待っててくれていた。

 「何かあった?こんな時間、」

 パジャマにクロックス。髪も洗いざらしでお風呂上がりのリラックスモード。ついこの間まではずっとその姿を見ていたのに。私はここがエレベーターホールということも構わず彼に抱きついた。

 「…茅野さんがきたの」
 「…へぇ?」
 「私の前で婚約者って名乗ったの。すごく腹が立つ」

 ここでは声が響くということで柾哉さんが「部屋に行こう」と促してくれた。しかし私は彼を離すもんかと抱きついたまま。柾哉さんが小さく笑いながら私を半ば引きずるように部屋に連れていってくれた。
 
 「柾哉さん」

 ガチャリ、玄関の扉にロックがかかる。
 キスして、と背伸びをすれば逞しい腕が腰を抱き寄せ噛み付くようにキスされた。もっとサラッとしたキスが返ってくると思っていたのに、唇をこじ開けられて舌をチュウと吸われる。おずおずと目を開ければどこか怒りを含んだ瞳とぶつかった。