新緑の季節。初々しい新入社員が入り、社内は僅かばかり浮足立っている。新人の教育係を任された社員たちは、責任感に緊張とやりがいを覚え。そうでない社員たちも、部署の移動など新たな環境に身を置き、前年度までのたるんだとまでは言わないが、緩み始めた気を引き締めていた。

 私が働いているのは、とある文房具メーカー。担当しているのは、子供向けの商品を扱う営業二課。鉛筆に消しゴム、ペンにノート。とにかく、格好よく可愛らしく。面白く発見のある品を開発し卸している。デザイン課がデザインし。企画開発課は、使用する際に支障の出ないように知恵を絞り。営業は、日々会社周りに奔走している。私は、その営業だ。頼りになる先輩もいて、面白い後輩もいる。仕事は楽しいし、やりがいもある。

 三十歳を目前にし、仕事もプライベートも充実しているはずだった。そう、はずだったんだ……。

 つい昨夜の出来事。三年間付き合った彼。(ただし)からの呼び出しに心は浮かれていた。正との出会いは飲み会だった。大学時代からの友達である中川早月から、人数合わせでコンパに呼ばれた時に知り合ったのがきっかけだった。仕事にも慣れ。社会人として、自分の足で立てるようになり始めた頃からの付き合いだ。同じ年齢ということもあり、お互いに上司や営業先の愚痴を言い合うなど、共感することもあり付き合うようになった。

 定時きっかりに仕事を切り上げ、いそいそと会社を飛び出した。正に会える嬉しさに頬を緩める。アラサー目前が今も結婚適齢期といえるかわからないが。私は今、(まさ)にその時期だ。おかげで、短絡的な思考には結婚の二文字しかない。
真剣な声音で掛けてきた正からの電話に、とうとうこの日がきたのかと緩む頬を抑えることに苦労した。表情が見えないのをいいことに、だらしなく緩んだ顔の真ん中には、幸福の二文字さえ書かれていただろう。私は、彼からのプロポーズを大いに期待していた。

 付き合って間もなく正から貰った華奢なデザインリングは、今も薬指で控えめに輝いている。今度はきっと、キラキラと眩しく光るダイヤの指輪がはまることだろう。期待は充分だ。

 気が早いことに、待ち合わせの喫茶店に向かいながら将来のことを考えていた。

 結婚しても仕事は続けたい。向こうのご両親は納得してくれるだろうか。もちろん、子供ができたら育児休暇を取るし。その後は保育園に預けて、家事も育児も仕事も頑張るつもり。家は、どうしよう。正が住むマンションでは手狭だろう。二人の職場から、なるべく近い場所にマンションを買う? それとも戸建て? 子供は、最低一人は欲しいから3LDKは必要よね。

 脳内は、完璧にお花畑と化していた。