今日、好きだと伝えても、明日には、この言葉が消えてなくなる。
僕の存在は、明日の君の中にはいない。
何故なら、僕は今日という時空の中から踏み出すことができなかったから。
未来に進むことが出来ない僕には、明日がない。



 共通の友人が紹介した彼女との出逢いは、一年前の春だった。

 「こんにちは、はじめまして」

 彼女の透き通る声が、とても神秘的だった。
 桜が満開に咲いている中、優しい春の日差しに輝く長い髪と、瞳が綺麗な彼女から目が離せない僕は、心をあっさりと奪われすぐに恋に陥った。
 「海斗さん、紹介するね。彼女がさっき話した友達の・・・・、」そう美香が言いかけて自分の方を見る。

 トクンと、心臓が鳴った音が聞こえた。
 “えっ、可愛い・・・・・・・”一瞬、時が停まった。

 「ねえ、話し聞いている?」
 彼女に見惚れている自分に美香が話かける。
 「あ、え、聞いているけど」
 彼女に見惚れて、曖昧な返事しか返せなかった。
 「まあ、さっき作ったグループメッセージの中で紹介しているから、今更紹介なんていらないか」
 美香は、そう言うと注文していたドリンクを受け取りに行こうと席を立った。
 「小谷さん、ちょっとどこ行くの?」慌てて美香を呼び止める。
 「注文したドリンク」と、美香はそう言って受け取りカウンターの方へさっさと行ってしまった。
 カフェのテーブル席に残された初対面の彼女と僕は、二人きりになって何となく気まずい。とりあえず、落ち着かないので、テーブルの上にある自分のドリンクを飲む。
 彼女は、こちらを見ると申し訳なさそうに軽く会釈をし、外の景色を眺めた。
 すると、美香が注文したドリンクを持ってテーブルに戻って来た。
 「はい、これ由利のドリンク」美香が由利にドリンクを渡す。由利は、ドリンクを受けてとると「ありがとう」とって、一口啜った。そんな彼女の仕草も可愛い。
 「海斗さん、ごめんね。急に友達の由利を連れてきちゃって」
 由利が肩をすぼめて、申し訳なさそうにする。
 「あの、すみません。もしお邪魔だったら、私、席外します」ペコリと、由利が頭を下げた。
 「いえ、邪魔なんて、そんなことありません」
 彼女にいて欲しい。むしろ、行かないでくれ!と、思ったくらいだ。

 今日は、友人の美香からお茶しようと誘われて出てきたのだが、ここに来る直前に美香の大学時代の友人である山根由利と偶然に出会ったらしい。この後、美香は由利と一緒に食事をすることになったらしい。それで、由利が一緒に同席することになった。
 友人の美香とは、仕事で知り合い、直接的な仕事関係は発生していないが、同じ職種ということと、人懐っこい性格の美香から、色々とアドバイスを頼まれると断り切れず、今日もそれで呼び出された。特に予定もなかったので、いつも通りの美香から頼まれた仕事アドバイスという気軽な気持ちで来たのだが、山根由利と会った瞬間から美香の頼まれごとは何処かへ飛んで行ってしまい、どうでもよくなっていた。

 「海斗さん、ちゃんと集中して聞いている?」心ここにあらずの自分に、美香が詰め寄ってくる。
 「もちろん聞いているよ。それで訊きたかったことの要点は?」
美香に聞かれた仕事関係の質問に、色々と答えたりしていた時も、斜め向かい側に座っている彼女のことが気になって仕方なかった。
 それでも、何とか美香の訊きたかったことについて、一通り答え終えた。
 「とまあ、そんな感じで仕事を進めていくといいよ」
 「なるほど!ありがとうございます」
 「いえいえ、どういたしまして」
 仕事関係の話をしていたのは、ほんの数十分だっただろうか。
 「山根さん、分けわからない話に付き合わされて辛かったじゃないかな?」
 「いえ、興味深くお話し聞かせて頂き、勉強になりました」と、深くお辞儀をされた。
 「山根さん、まじめだな」
 「いえいえ、とんでもない!本当に色々と勉強になりました」と、真剣な表情で答えた。

 事実、自分が美香にアドバイスをしている間、由利は、とても興味深く真剣に自分の話を聞いていた。その真剣な表情を眼差しに、美香にアドバイスをしていることを忘れ、由利を見ながら説明していたから、彼女と話をしている様な錯覚に陥った。

 その日のことは、美香の仕事に関係すること以外で、由利と何かしらの会話をしたはずなのに、どんな会話をしたのかもよく覚えていない。記憶に残るその日のことは、僕の斜め横に座る由利の整った横顔と、別れ際に由利が美香に駆け寄って何かを耳打ちで伝えたときの仕草だった。

 出会ったばかりのその日から、溢れる思いを抑えつけられず、直ぐにでも由利に告白をしたかった。でも、いきなりそんなことをしたら、彼女は引いてしまうだろうし、そんなことで彼女を失いたくない、もう二度とこんな気持ちになれる女性とは出逢えない、そう思うと、慎重にアプローチした方がいいのだろうと考えた。
 “直ぐにでも気持ちを伝えたいが、出会って間もないし、第一に、そんな大胆な行動を取ったら、この先、山根さんと二度と会えなくなる方のリスクが高い・・・・”
 当たり前だが、今は自分の想いを伝える事なんてできない。

 “先ずは友達からが無難だろう”

 そんなモヤモヤした思いを抱えながら、先ずは、由利と友達になること目標に行動に移すことにした。由利の連絡先は知っていた。美香がグループ登録してくれたおかげで、由利と直接メッセージを遣り取りする切っ掛けを作ってくれた。と言っても、メッセージアプリに登録されただけだが。それでも、彼女との接点が出来たので、一歩進んだと思う。

 最初の頃はとにかく、先ずは挨拶から。そこから、色々と話題作りの為のネタを探し、彼女が話に乗って来た時には、さりげなく自分アピールと、嫌われることがないよう慎重に会話を続けた。
 四六時中、彼女と何を話すかネタばかり考えていた。とにかく、彼女に夢中だった。

 毎日雨が続く日は、それを理由に山根さんにメッセージを送る。『今日も雨ですね』とか、『毎日雨ばかりで嫌になっちゃいますね』とか。少しでも、彼女との距離を縮めたくて、メッセージを送り続けた。何より嬉しかったのは、そんなしょうもないメッセージなのに、ちゃんと彼女が返信をしてくれたことだった。勝手な自己都合の良い解釈だが、少なくとも嫌われていない、そう思っていた。
 梅雨の晴れ間のある日、お昼休みにメッセージを送った。
 『毎日雨が続いていましたが、今日は良い天気ですね?こんな日は、仕事じゃなくて何処かに出かけたくなりませんか?』
 特に彼女を誘いたいとか、そんな意図なんてないメッセージに、直ぐ既読がつく。そして、直ぐに返事が返ってくる。
 『ホントですよね、私もそう思っていました。こんな日は、どこか行きたいですよね(^ ^)/』
 どこか行きたい?それって、自分と一緒に行ってくれるってことかな。しかも、テキストの最後に絵文字付き。あ、いや、そういう日ですよね、って言いたいだけなのかな。などと考えていると、何だかくすぐったくなる様なメッセージを貰って、少し距離が縮んだ様な気がして嬉しかった。
 『それじゃあ、今度天気が良い休みの日、一緒にお茶でもいかがですか?』
と、勢いで送ったメッセージだが、送信して直ぐに後悔した。あまりにもバカっぽくないか?天気がいい休みの日にお茶でもって・・・・。
 『いいですよー行きましょ!』彼女から直ぐに返事がきた。
 
 ”結果オーライってことだよな、これって”
 携帯の画面を見つめて、思わずにやけてしまった。


 アスファルトに反射した太陽の陽射しが眩しく、夜になっても蒸し暑さが残る頃には、気軽に食事くらいは出かけられる仲になれた。由利と過ごす時間が多くなるにつれ、彼女との距離感が着実に近くなっていく実感がわいてきた。
 緑鮮やかだったモミジの木が綺麗に紅く染まる季節には、ドライブに出掛けたり、映画を観に行ったり、楽しい時間を沢山一緒に過ごすことができるようになり、お互いに深く色々と思うことを共感できる様になっていった。
 由利は、一見大人しい感じだが、実は芯がしっかりしていて自分の意見をきちんと持っている女性だ。彼女と話をしていると、彼女が聡明だということがわかる、だからと言って、嫌味もなくとても自然体だ。

 ある日、彼女と何処に行くか迷っているとき、ちょうどニュースで日本人女性の宇宙飛行士の話題がニュースで盛り上がっていて、博物館で特別展示会を開催しているチケットが手に入ったので彼女を誘ってみた。デートとしては華やかさに欠けて、ちょっと地味かなと、思っていたのだが、話題性もあって悪くはないだろうと思って一緒に行った。さらっと見て、直ぐに食事でも行こうと思っていたところ、彼女があまりにも熱心に展示物や文献を眺めているので以外だった。

 「山根さん、こういうの好きなんですか?」

 夢中に文献を読んでいる彼女に話しかけると、由利は目を輝かせて「はい」と、答える。そして、宇宙にまつわることから物理学など、彼女なりに思うことを沢山話してくれた。彼女の話す内容にわからないところもあって、相槌で精一杯でもあったが、楽しそうに夢中で話す彼女があまりにも素敵で、熱心に聞き入ってしまった。
 由利は、「あ、何だかつまらない話を沢山一人で喋ってしまってごめんさない」と、急に我に返りペコリと頭を下げる。そんな可愛い彼女の姿に、自分の心は完全に奪われっぱなしだった。

 いつも由利と話をしていると、楽しくてあっという間に時間が過ぎ去っていく。
とにかく引き出しの多い彼女は、自分がどんな話題を振っても、それを上手に展開してくれる。話題を振ったのは自分の方なのに、いつのまにか彼女の話の振り方が自分の話をもっと面白くさせていく。そして、一緒に沢山笑ってくれる。そんな屈託のない由利とは、いつまでも一緒にいたいと思った。



 吐く息が白くなり、都会でありながらも澄んだ夜空に星が綺麗に輝く頃になると、お互いの気持ちが一緒に歩む明日へ向かっていると信じてやまない、そういう確信を持った気持ちになっていた。

 「もうすぐクリスマスだね?由利さんは、何か予定なにかあったりする?」彼女を誘うつもりで聞いた予定が、由利から、「私は特に予定はないのですが、海斗さんに予定がないなら一緒に食事でもしませんか?もちろん、ご迷惑でなければ・・・」と、逆に誘われてしまった。
 今まで由利と一緒に過ごしてきた時間を思い出してみる。
 “結構いい雰囲気だったじゃないかな。いつの間にか、お互いに呼び合う名前も、榊原さんから海斗さん、山根さんから由利さんに変わっているし”
それに、クリスマスイブも自然な流れ?で、彼女と一緒に過ごせるプランが出来ている。
 だから、確信していた。彼女も自分と同じ気持ちを持っているに違いないと。
 そう思っていたから、クリスマスイブの日、由利に告白するつもりでいた。

 街がクリスマス装飾一色で覆われている夜、彼女の為に用意したプレゼントを鞄に入れ、待ち合わせ場所のカフェで淹れたての熱いコーヒーを飲みながら、今夜のイベントに期待をしていた。

 “今日を境に、由利を恋人にする”

 今夜という特別な日に合わせ、ちょっと予算オーバー、いや大幅に予算オーバーしたクリスマスプレゼントも意を決し購入した。

 “あとは、自分の気持ちを伝えるだけだ”
 
 どのタイミングで気持ちを伝えればいいのだろうか。あれこれと考える。そんなことを考えていると、緊張して手のひらにジワリと汗をかく。いざ、その時が来たら、気持ちを伝えることが出来るだろうか。隣の椅子に置いてある鞄を開けて、彼女に渡すプレゼントを改めて見つめ、自分を勇気づけると同時に自らを奮い立たせた。

 そろそろ待ち合わせ時刻になる。カフェのドアを開けて、誰かが入ってくる度に、由利かどうか確認する。

 来た!

 入り口で立っている彼女を見ていたら、これから起こることへの期待と不安で息苦しくなってきた。それでも、今まで彼女と過ごした時間を振り返り、絶対に上手くいくと自分自身に言い聞かせる。自分って暗示にかかり易いタイプなのだろうか、それとも、あれこれと考え過ぎて吹っ切れたのか、近づいてくる彼女を見ているうちに、興奮と緊張が入り混じって高揚した気分に変わった。

 カフェの店内を見渡す彼女に軽く手を挙げて、自分がここにいることをアピールすると、それに気づいた彼女が真っすぐこちらに向かってきた。

 “何て言葉を最初かけたらいいんだっけ?”心臓の鼓動音が大音量で耳元に鳴り響く。

 緊張しているせいか、そんなに広いカフェの店内ではない筈なのに、彼女がここに向かって来る時間がスローモーションの様に長く感じる。
だが、近づいてくる由利の表情を見て、違和感を覚えた。

 “何だろう?  少し様子がおかしい”

 明らかにいつもの由利と雰囲気が少し違う彼女が、黙って俯いたまま向かい側の席に腰をかけた。

 「な、何かあった?」

 これが、今の雰囲気で彼女にかけられる精一杯の言葉だった。
彼女がゆっくりと顔を上げると、その表情はとてもシリアスで、どこか悲しく、怒りともとれる表情だった。そして次の瞬間、彼女が何かを言っていた。

 ・・・・・・・。

 先程まで彼女が座っていた席を見つめている。それが、数分前なのか、数十分前なのか分からないが、彼女が来てから席を立つまでの間の事を思い出している。
 彼女は、“ごめんなさい。今晩の予定はキャンセルにしてください。それと、また改めて連絡します”と言っていただろうか。そう言うと、席を立って去ってしまった。
 青天の霹靂とは、まさにこのことなのだろう。
 一体どういうことなのか、さっぱり状況が掴めないままでいた。彼女と会う直前までは、幸福感で一杯に包まれていたのに、彼女が去ってしまった今は、奈落の底へ叩き落された自分がいる。彼女に理由を訊きたかったが、あまりにも衝撃的すぎて、何をどうしたらいいのか分からなくなっていた自分がいた。
 隣の席に置いてある鞄の口から、今夜、彼女にプレゼントする予定だったリボンの付いている小さな白い箱が視界に入る。心が何処かへ飛んで行ってしまい、もぬけの殻となった自分を空中からか眺めている気分だった。
 “とりあえず、今夜のレストランのキャンセルをしないと・・・・”携帯電話でレストランに電話を入れる。
 「あ、あの・・・・。今夜の予約、キャンセルさせてください。もちろん代金はお支払いします・・・」そう伝えると、電話を切った。
 心にポッカリと穴が開き、悲しさみが急に込み上げてくる。カフェを出て自宅に着くまで、どこをどう辿って帰宅したのかさえも、途中のことは覚えていなかった。


 あの日から、由利にしつこい人と思われない様に気を付けながらメッセージを入れていた。彼女からは、明らかに深く関わりたくないという感じの返事がある程度で、新しい年を迎えて間もなくの頃になると、由利にメッセージを送っても返信が一週間、数週間と返って来ることがなくなり、そんな感じで、いつからか連絡を取り合うことがなくなっていった。

 “何か自分に落ち度があったのだろうか・・・”

 新しい年を迎え、待ちゆく人々が今年の抱負を抱きながら活動する頃になっても、自分は、由利と会った時のことを思い出したり、過去の綴ったメッセージのやり取りを読み返したりと、まだ心は去年の時間を彷徨っていた。
 とにかく何度も何度も何が原因だったのか、あれこれ自問自答を繰り返しては、見つからない答えを見出そうと考えていた。素直に彼女に訊けば簡単なことなのに、それが何故か怖くて彼女に理由を訊き出せずにいた。


 由利と出会ってからは、美香に何かと由利のことについて相談してきた。由利と出会って間もない当初は、彼女が自分のことをどう思っているか、彼女はどんなことが好きなのかとか、とにかく美香と会っている時は、由利の事を根掘り葉掘り聞くものだから、厭きられたくらいだった。そして今も、由利のとのことについて相談に乗ってもらっている。
 由利と頻繁に会って上手く付き合っていた時期だけは、美香の方から逆に、どんな状況なのかとか、上手くいっているのかとか、都度連絡が来ていたが。

 梅の花が咲く季節のある晩、いつもながらの相談に乗ってもらうために、美香を食事に誘った時のことだった。今や二人のすっかり馴染みとなったダイニングで、美香に色々と話を聞いていて貰っていた。そんな折、突然、美香から交際を申し込まれた。

 美香に、「最近由利と会った?」とか、由利に関してのたわいない話とか、どんなに小さなことでも自分にとっては重要な情報源で、とにかく、美香から何か一つでも目ぼしい情報が得られないかと色々と聞きまくっていた。ただ、期待もむなしく、美香からは、これといったものを訊き出すことはできなかった。
 酔いも程よく回って来た頃、美香が飲みかけのワイングラスをテーブルに置き、俯くと一呼吸つき、改めて自分を真っすぐ見つめ直し、突然、衝撃的なことを言った。
 「あのさ、言いにくいことだけど・・・・、」と、何か美香が言いかけた。
 「由利には付き合っている人がいるよ」
一瞬、美香が何を言っているのか飲み込めなかった。

 “由利に付き合っている人がいる?一体なんのことだ?”

 由利と会っていた時、彼女にそんな素振りはなかったし、むしろ自分に対して明らかに好意を抱いている実感さえ得られていたくらいだ。だから、そんなことは絶対にありえない。
 「いやいやいや、ありえないよ。そんな風に思う様な素振りも由利さんにはなかったし、それに、それに・・・・、」
 頭をハンマーで殴られた様な衝撃を受け、何かを言いたいが言葉が詰まって上手く言えない。

 「もしかしたら、由利は、海斗さんに気を遣って言えなかったとかじゃないかな」
 「そんなことないと思う」
 咄嗟に否定した。実際、そんなことない。由利は、そんなことを隠したりして自分とあんな風に時間を過ごすことなんてできない人だ。
 美香との間に沈黙の風が吹いた。
 すると、美香が自分の顔を真剣に見つめてくる。
 「私だったら、そんな思いさせないよ。好きな人に、海斗さんは好きな人だから、そんな思いさせないよ」
 一瞬、目の前にいる美香が何を言っているのか理解できなかった。
 「私と付き合えばいいじゃん!」
 今、目の前いる美香から告白をされた。
ただ、美香が何を言おうと、それら言葉は、自分の心に留まることなく通り抜けていくだけだった。
 「ごめん。今は、何というか、そんなこと言われても、考えられないから。小谷さんとは良い友人関係だと思っているし。これからも」
 いつもは活発で明るい目の前の美香が、とても小さく見えた。美香の気持ちが十分すぎるくらい伝わってくる。自分も由利に告白をしようと行動していたのだから。だけど、何よりも、今は目の前の友人ではなく、由利のことしか考えられない。
 その後は、何となく美香と気まずい雰囲気になって、美香のまだ一緒にいたいって気持ちが手に取るように分かったけど、自分は由利のことでショックを受けて頭が一杯になり早くその場を立ち去りたかった。
 そんなことがあって、色々と衝撃的な夜だった。



 あの日の夜から数日がたった。美香からメッセージが来ていたかが、できる限り彼女を傷つけまいとやんわり美香の気持ちに応えられない旨、交際の申込を断り続けた。
 それからも、“美香の気持ちには応えることが今は出来ない”と、出来る限り彼女を傷つけまいと断り続けてきたが、その度に美香は“待ってる”と返事をよこした。
ある日、これ以上、美香に期待を持たせる曖昧な態度も良くないだろうと思い、
 『美香は、彼女の代わりにはなれない。それに今はまだ、由利のことが忘れられない』
と、美香にはっきりと断った。
 そのメッセージを境に、美香からのメッセージは来なくなり、お互いに連絡をすることは無くなった。

 時は無情にも過ぎて行き、ふとした何気ない合間にぼんやりと、由利のことを思い出す日々が暫くは続いた。その頃は、まだ心の中から彼女との楽しい思い出を消すことが出来なかった。大切な思い出であり、まだ暫くは、その記憶の世界に浸っていたかった。季節が来れば、その季節に纏わる由利とのこと、由利と訪れた場所に来れば、彼女の楽しそうな笑顔と幸せだった時間、彼女と見たり話したりしたことを思い出すばかりだった。


 柔らかい日差しと暖かい風を感じ、厚手のコートを脱ぎ、ジャケット一枚で歩ける頃になると、由利との記憶がぼんやりとしていた薄らいできた。その頃になると、何となくだが、由利との連絡が途絶える前に会った時のことを思い返す。そういえば、時折不安そうな表情を彼女が見せていた。
 そんな時の彼女は、自分に対して気を配って明るい表情を見せようとしていた。きっと仕事が忙しいとか、そういう類のことなのだろうと自己解決していた。もちろん、何か不安なことがあれば、いつでも相談に乗るからとも伝えていた。自分も精一杯の気配りをしていたと思う。
 でも、もしかしたら、その時、由利には別に好きな人ができていたのかもしれない。あの時の不安そうな表情は、そういう意味だったのかもしれない。
 だとしたら、今、由利を失ったこの状況は、然るべき運命であったということなのだろうか。彼女との楽しかった時間は、自分の思い違いで舞い上がっていただけで、しかも、彼女が自分のことを好きだと思い込んでいただけかもしれない。最初から、彼女の何もかもが自分の勘違いだったのかもしれない。そう自分で思い込み、由利のことを忘れようとしていた。

 日が経つにつれて、由利への想いも薄らいでいった。
 “それもそうだろう。もともと、何も始まっていなかったのだから”
 一時期は、由利に告白していないことへの後悔もあったが、今はむしろ告白していなくて正解だったと、思うようになっている。告白して、結局のところ彼女にふられて傷つく自分を想像すると、やはり告白していなくて良かったと思い、そんな風に考えていると、時間と共に彼女の面影を追いかけることもなくなっていた。
 “わざわざ傷つく思いなんてしなくていい”
 そう思うことで、由利を忘れていった。


 再び、毎日雨が降る季節になった頃、風の噂で、その月に由利が結婚するという話を聞いた。

 由利が結婚するという話を聞いて幾日か過ぎ去った頃、由利を知っている友人から、結婚式は都内の教会で行われること、由利が、どうしてその相手と付き合い結婚するのか色々と経緯を話してくれた。
 由利と結婚する相手は、彼女の父が勤める会社の取引先相手で、会社を経営しているらしい。
 街の飾りつけがクリスマスから新年を迎える行事の準備に追われる頃、彼女の父親が半ば強引に進めたお見合いで知り合ったという。
 父親がお見合いを由利に奨めていた時期、由利には、桜が満開に咲く季節に出逢った男性に好意を寄せていた。だが、その男性には、既に交際相手がいるとのことを、クリスマスを迎える直前に、その男性を紹介した女性から聞かされて知ったという事だった。由利は、その男性に交際相手がいると友人から聞いてから、連絡を控えるようになったらしい。

 由利の友人から、その話を聞いた時、忘れかけていたあの時の気持ちが再び蘇ると同時に、心の奥で何かが重くのしかかる気持ちだった。もし、その話が事実ならば、あの時、自分が由利をしっかりと掴まえていたら、彼女に告白をしていたら、今とは違う未来を描けていた、ということなのだろうか。

 “もしかしたら、結婚する相手は自分だったのではないだろうか”

 ふと、そんな思いもよぎったが、再びあの時の気持ちを蘇らせることなく、彼女を想う気持ちに蓋を被せると、彼女の全てを忘れることにした。
 なぜなら今はもう、彼女と一緒に過ごした、あの時間には戻れないのだから。

 明日、その彼女の結婚式がある。