「傘、使わないなら貸してくれませんか?」

 今思えばとんでもない事を言っていた。雨の日に使わない事はないのに。車で帰るにしても、道路まで出るのに使うのを身をもって知っていたのに……。

「あなた、名前は?」
「斎藤です。県立慶祥高校の斎藤薫です」
 予想していなかった問いに戸惑いながらも、口はいつものように答えていた。いつもの、面接の練習のように。
「可愛い名前ね。じゃ、これ、お気に入りだから大切にしてね」
 彼女はにっこりと笑った。それがなんでもないことのように。
 そして俺に傘を握らせるとすぐに外へと行ってしまった。車の前で傘をさして立っている、男の方へ……。
 傘は、お気に入りにしては安っぽいものだった。へたしたら“百均”にでも置いてありそうな、青のビニール傘だった。特徴があるとすれば、取っ手に刻まれた「K」と言う文字だけ。