『大丈夫です、私一人で』
私がたまらず廊下に出て言い争う親族達に向かってそう言えば彼らは一瞬ホッとした表情をさせ、でもすぐにさっきまでの言い争いを隠すかのように心配そうに声をかけてきたけれど、誰一人私の心配を心からしてはいなかった。
そりゃ誰だってほとんど面識の無いお荷物を背負いたくは無いだろうと思っても、心には焦りが浮かぶ。
親のいなくなった私は今の賃貸マンションに今後も住めるのか、そもそも学校に通えるのか、一人になった控え室で必死になってスマートフォンで検索したけれど、未成年の私には自分だけで自分の居場所を作れないということがわかっただけ。
いずれこのスマートフォンも親が契約した以上、支払いが出来なくなれば止められる。
私は一人で生きるしかないのに、その現実感が何一つ沸かなかった。
『乙女ちゃん、俺と一緒に住まないか?』
そこに花お姉ちゃんの夫である、森野熊介さんが私に声をかけてきた。
でもすぐにわかった、これはただの同情なのだと。
本来お姉ちゃんの引っ越しの手伝いは熊介さんが行くはずで、急な仕事で行けなくなったから私の両親が手伝うことになり、よって私は家族を失った。
だからこの人は責任を感じてそう言うしか無いのだということくらい、悲しみと不安と恐怖で一杯の私にだって理解できた。
『大丈夫です、お気遣い無く』
そんな風に返したけれど、それは精一杯の強がり。
『乙女ちゃん』
低い声が私の名前を呼ぶ。
親戚からも遠ざけられ控え室で一人冷たいパイプ椅子に座っていた私の目線に合わせるように、彼はひざまずいて私の手を取った。
その手はとても大きくて、厚くて、強い熱を感じたのを今でもはっきりと覚えている。



