乙女と森野熊さん



トイレから出てきて熊さんと出会った時の事を思い出しつつ車の助手席に座ると、運転席でスマートフォンを確認していた熊さんが私に尋ねる。


「今夜、何が食べたい?」


「スーパー寄って。お肉買って鍋にしようよ」


冷蔵庫に残ったくたびれた野菜も消費できると思って提案したが、熊さんは考え込んでいるようだ、無表情でも一緒に住んでいれば色々な表情があることを私は知っている。

お姉ちゃんと熊さんが交際していた時間よりも長く熊さんと私が一緒にいるというのは、お姉ちゃんの事を思うと申し訳ない気持ちになるのだけれど。


「もしかしてステーキとかがっつりしたの、食べたい?」


下からのぞき込むように言うと、熊さんが私を見る。あ、この目は当たりだ。


「確か隣駅のスーパーの広告に週末牛肉セールってあったから、ステーキ肉が安いかもしれない」


「そこに行こう。肉は俺が焼くよ」


「いいね、熊さんの焼くステーキは絶品」


そう言うと、熊さんの口元が少しだけ上がって私も嬉しくなる。


「一杯野菜も買おうね」


熊さんが頷くと車は既にお寺から遠ざかりだしている。

また来るね、そう心の中で呟いて前を向いた。