君の言葉で朝焼けを迎える

天沢先輩と二人きりになってしまって沈黙が続く。 話すことを探さないと。隣をちらっと見る。


先輩は涼しい顔をしていて日が暮れているのを見ていた。目の前に広がる雲と海は綺麗に色を映し出していてその景色に心が揺さぶられる。 


潮風が吹いて前髪がサラサラと動いている先輩は何も話さなくても良い、みたいな顔をしているように見えた。


「佐野さん。ちょっと海寄らね?」


「海、ですか。」


うん、海!そういって先輩はニコッと笑った。


「んじゃ、行こうぜ。良いところがあるから。」


ぐい、とさっき部室の前で手を引かれたように手首を捕まえられた。 あのときよりは緊張もなくなってなんとなく安心した。


歩いていくと潮の匂いが鼻腔をくすぐるように鼻の中に入ってくる。 波の音も大きくなってきている。


「あと、少しだから。」


段々砂浜が目に映り込んでくる。 そしてその先には夕焼けのオレンジ色、ピンク色、紫色、全てが混ざったような色が空を満たしていて、海の泡は白く、波はサファイアのように輝いていた。


初めて夕焼けと海が綺麗に見えた。 今までもここに住んでいたのに、あのときからもう空を見上げることはなかったからなのか。
その「一部」の記憶の中にあるのか。


視線を砂浜の方に移すと小さい子亀が浜辺に裏返しになって足をジタバタと動かしていた。


靴と靴下を脱いで亀の方に駆け寄ると後ろから先輩から名前を呼ばれた。


「佐野さん、今行く!」