「紗知お願い!着いてきてよう」
「いやここまで来てあげたんだから、後は一人で行きなさいよ」
「ケチ〜」

1組の教室の前で駄々をこねる茜を必死に宥める。そもそも茜が、昇降口に落ちてた生徒手帳を拾ったから落とし主に返したいって言って無理やり引っ張ってきたのだ。私はこの昼休み中に明日締切の課題を終わらせる予定だったので、早く自分の教室に戻りたい。
それにさっきから廊下側の1番後ろの席の男が「うるせえな」というオーラを出してる気がして、かなり気まずい。

「見てよこんなにイケメンなんだよ!?緊張するじゃん」
「もう勝手に人の証明写真見せびらかさないの。……てかその持ち主の名前なんだっけ?」
「山本」

茜に話しかけたはずなのに、低く冷たい声で返事をしたのは、「うるせえな」オーラを出していた例の男だった。黒縁メガネの奥で目を細めて、若干睨んでいるようにも見える。うわ、完全に怒らせてしまったかもしれない。
さっきの冷徹な声で萎縮しきっている茜が、おずおずと生徒手帳をその男に差し出した。

「ご、ごめんなさい。えっと、山本くんの知り合いですか?よかったらこれ渡してほしくて」
「別に構いませんけど、勉強の邪魔なのでそこどいてもらってもいいですか?」

なんだその言い草は。今にも「ケッ」って言い出しそうな表情といい、席に座ってるくせに上から見下ろされているような威圧艦といい、こっちが下手に出てるのにその態度はなくないか。


「……あの、さっきからなんなんですか。もうちょっと優しく対応できないんですか?こっちは親切で返しに来てあげてるんですけど」
「ちょっと紗知」
「“返してに来てあげてる”って上から目線なのはそっちじゃないんですか。そもそもアンタは俺と話す必要ないですよね」
「あ、アンタ!?そもそも あ・な・た は山本くんのなんなんですか!」
「なになに、俺の話?」

頭上から爽やかな声が降ってきて思わず振り返ると、証明写真の顔の人が扉の上枠に片手をかけてこちらを不思議そうに見ていた。

「……王子様」
「「はい?」」

惚ける茜の声に、私と例の男の声がハモり、思わず顔を見合せてしまった。それすらも気に食わなくて、お互いを睨み合った所で昼休みの終わり5分前を告げるチャイムが鳴り響いた。