くるくる回るふたりを微笑ましく眺める我々三人。
こうしてみると、ふたりとも白髪だから、双子のようだ。
ケモ耳尻尾が有るか無いかで区別はつくので問題はないが。
宴会の雰囲気が出始めた時、イカネさんが戸の方を睨んだ。
「誰か来ます」
先輩は戸の前すぐに構え、私はヨモギ君とマシロ君を布団に隠し、予備のお札を貼る。
イカネさんは部屋の温度を上げてから天界へ帰った。
完全と行かないまでも、偽装はできた。
このひと月、こちら側に足を踏み入れる者はいなかった。
奥にここより先の部屋はないから、一箇所の廊下だけを警戒すればよかった反面、別の用事は考えにくい。
それをこのタイミングで来るってのに、警戒しないはずもない。
知られたくない心当たりは多い。
高位の式神イカネさんの事、私がスサノオノミコトの生まれ変わりである事、治癒能力を持つヨモギ君の事、今日拾ってきた鬼のマシロ君の事。
さて、どれが来る?
戸が開いた先には、火宮陽橘の姿があった。
「ねぇ、兄さん。僕の言いたい事、わかる?」
第一声が不穏だ。
「………次期当主様直々に、こんな屋敷の隅までお越しなんだ。重大な案件とお見受けします」
「そう、重大な案件」
火宮陽橘は先輩を押し退け、私の部屋に押し入る。
私はふたりを隠した布団を背中に座りながら、彼の行動を注視する。
彼はぐるりと部屋を見まわしてから、ある一点に目を留めた。
「なるほど、こういう事なんだ。父さんに言いつけてこよう」
彼は弾んだ声で言い、ビシッと指を差した。
「兄さんが壁に穴を開けたってね」
人ふたりが並んで立てるくらいの穴は、先輩の部屋と繋がっている。
私と先輩は気が抜けてしまった。
そっちか、と。
「なになにー。止めるの? でも、悪いことしたのは兄さんだよ。兄さんが荷物を玄関に置きっぱなしにしてるせいで、咲耶が怪我したんだ。せっかく祭に行ったのに、楽しかった気分が台無しだよ」
大仰に身振り手振りを交えて語る彼に、安心していいのか、それとも警戒すべきか。
反応に悩んでいると。
「じゃ、それだけだから、とっとと玄関の荷物、持って行ってよね」
用は済んだとばかりに、部屋を出て行った。
「そういえば、兄さんたちとキャンプに行った山だけど」
と思ったら、顔だけ戻ってくる。
「封印の一部が解けて、酒呑童子の子どもが逃げ出したらしいよ」
核心をつかれて、顔がこわばる。
「ま、兄さんには関係ない事だけど、弱い兄さんじゃあ出会ったら命はないだろうね。せいぜい気をつけて。………忠告してあげる僕って優しい」
鼻歌を歌いながら、今度こそ、この場を離れる火宮陽橘。
戸を閉めて、鍵をかけてから振り返った先輩は、難しい顔をしていた。
「案外、敵は近いのかもしれないな………」
「先輩、壊れましたか?」
何を言ってるんだ、と。
美少年ふたりがもぞもぞ布団から出てきた。
イカネさんを召喚し、部屋を涼しくしてもらう。
「いや、思ったのと違う用事だったから、拍子抜けっつーか」
「あれ、実は演技で、密告されるとか考えられますよね」
「いや、あいつはあれで真っ直ぐなとこあるから、ほんとに気付いてねぇのかも」
「私たちとしてはありがたいけど、心配になるね次期当主」
「ほんとそれ」
なんやかんやいっても兄は弟が心配なのね。
「弟君、去り際に気になることを言ってましたが……」
「酒呑童子の子ども。十中八九、こいつだな」
マシロ君は、なにもわかってなさそうに首を傾げた。
「まさか、父君に突き出すとか言わないですよね?」
「圧倒的に情報が足りない。見つけた後、どうするのかわからないで、はいそうですかと渡せるかよ」
短い間だが、情も移っている。
せっかく仲良くなったのだ。
再び封印されるのも寂しいし、殺されるのなんて以ての外。
何より、先輩の大事なヨモギ君が傷つく。
当初の懸念通り、子どもを連れ戻しに他の鬼が打ち入ってくるのかわからないが。
「時が来るまで、全力で隠す」
先輩の判断に、否はない。
この話はこれで終わりだ。
イカネさんからも意見は出なかった。
「ところで、玄関の荷物ってなんですか?」
「あの穴に取り付ける扉だよ」
「あー」
弟君の怒りは、正しく向けられていたらしい。