「仕方なかったんだよ。吊り橋効果狙ったのに先輩がおちてくれないから」
だからといって、人の身体で色仕掛けはやめて。
別の意味で目に毒だから。
その膨れっ面も、私がやると視界の暴力だから。
「どこに吊り橋効果要素がありましたか」
冷ややかに見下ろしてくるイカネさん。
そんなお顔でも目の栄養です。
「月海、オモイカネは鬼だよ。信じちゃいけない」
「あなた、月海さんに創作を吹き込まないで」
「またねぇ先輩」
投げキスしてから、ツクヨミノミコトは仮面を外した。
身体が重くなり、感覚が戻る。
操作権が私に返された。
身体を取り戻してから真っ先にすることは決まっている。
「この度はまことに申し訳ございませんでした!」
盛大に水飛沫を飛ばしての水中土下座。
先輩たちが面食らうのがわかった。
大事なのは瞬発力。
意表をつくことが肝心。
責める気持ちを少しでもふっ飛ばすのだ。
ただ問題は、私の肺活量がどこまで耐えられるか。
『………水中で呼吸ができるようにした』
試しに吸って、吐く。
空気と同じように呼吸ができた。
スサノオノミコトが手助けをしてくれたようだ。
ありがとう。
お陰で持久戦にも対応できる。
『私はー?』
ツクヨミノミコトが何か言ってるが、無視する。
「わかってます、大丈夫ですよ」
イカネさんの慈愛のお言葉を賜る。
心の中で、両手を組んで涙した。
イカネさん女神!
『オモイカネは悪魔だよ』
ツクヨミノミコトが何か言ってるが、無視する。
先輩は無言で湯船を出て、子供達もそれを追う。
洗い場でキャッキャとシャワーを流してから、彼らは浴場を出て行った。
私はずっと水中土下座していたので、見ていない。
扉が閉まる音がしてから、顔を上げた。
「お疲れ様でございました」
「……うん、ありがとう」
イカネさんに差し出された手をとり立ち上がる。
促されるままに身体を洗われ、風を起こして乾かしてもらった。
優しい。
やっぱりイカネさんは天女だ。
それから自室に戻り、アメノウズメに1袋とイカネさんに3袋。
とっておきのマシュマロを渡した。
「お世話になりました」
「いいのよ。オモイカネの主人ちゃん」
「それでは月海さん、わたくしも用事がありますのでここで」
「うん、ありがとう。オオクニヌシさんとスクナヒコナさんによろしくお伝えください」
アメノウズメとイカネさんは揃って神界に帰った。
さて、とお菓子箱を覗く。
マシュマロの在庫がだいぶ減ってしまった。
近いうちに仕入れないと。
『月海、出てた奴らが帰ってくるよ』
「おい! 牢屋に入るぞ! 急げ!」
ツクヨミノミコトと、先輩の声は同時だった。
「はい!」
私は部屋を飛び出す。
せっかくお風呂に入ったのに、またジメジメ汚い牢屋に逆戻りかぁ。
結果、嫌々入った牢屋だったが、思いの外すぐに解放された。
私の両親の手前、長期的な幽閉はできなかったらしい。
嫌われ者の私だが、一応は火宮家の客人である。
朝食を終え、自室に戻った私は、結界を強化し……。
寝落ちた。
登山からの神水流家潜入と、夜通し動き回った身体は思った以上に休息を欲していたようだ。
「情けない、俺様はお前をそんなふうに育てた覚えはねぇぞ」
ぐりぐりと腰を踏まれる。
……そこじゃない、もっと上ー。
しかし、願いに反してただ痛いところをぐりぐりされるだけだった。
動きたくない、眠い。
寝返りをうつように身じろぐだけで力尽きた。
いや、死に際の最後の抵抗が近いかもしれない。
瞼の裏で、先輩が自信に溢れた強者のいい笑みを浮かべている。
その笑顔で、無慈悲に足を振り下ろすのだ。
……くそ、夢の中でもボコられるのかよ。
せめて現実では勝ちたいと思うのは我儘だろうか……。
いや逆だわ。
夢で勝てないのに現実で勝てるものか。
まずは夢の中で倍にして返してやる。
決意を固めた瞬間、肩甲骨のあたりに2発もらった。
先輩の悪い影響を受けた子供たちの一撃。
子供とはいえ、あやかしの力は強い。
身体強化を発動し、痛みを抑える。
少し強めのマッサージ程度の心地よい痛みは眠気を呼ぶ。
………考えなければならないことは山ほどある。
ヨモギ君とマシロ君を隠す方法。
先輩が次期当主に推薦された件。
妖魔退治の試験。
弟くん以外の次期当主全員、先輩の正体に気付いていそうなこと。
そしてなにより、アマテラスオオミカミと契約したという、天原という術師。
考えなければならないことは山ほどあるのだが。
「………ぐー」
でも今は疲れたからおやすみなさい………。
ここで完全に意識を手放したので、この後先輩が何をしたかを私は知らない。
こうして、マシロ君をめぐる騒動は、ひとまずの終わりを見せたのだった。


