「ご主人様、これを」
イカネさんに新しいお札を渡される。
これを召喚しろということだ。
イカネさんも、先輩のすること分かってるの?
私だけ取り残されているみたいで、寂しいぞ。
でも、イカネさんのすることなら最悪な事態にはならないだろう。
お札に霊力を込めて、召喚する。
「急急如律令!」
お札が光り、形を変え、現れた。
身長20センチくらいの青年が、背中から生やした蛾のような羽を動かして飛んでいる。
イカネさん、オオクニヌシ、アメノウズメが普通の人だったから、人形は予想外。
「スクナヒコナ。この敷地内、全てのひとの修繕をお願いします」
「かしこまりました。オモイカネ様」
修繕って、言い方よ。
しかし、間違ってはいない。
スクナヒコナが屋根の上まで高度を上げ、瓢箪の水を雨のように降らせる。
その雫を浴びた怪我人達の体が光り、変化はすぐに訪れた。
「腕が生えた!」
「動かなかった足が動くぞ!」
「腹が痛くなくなった!」
「呼吸がしやすい!」
大怪我した当人が、いち早く自身の身体の変化に気づく。
「おい見ろ! 犠牲になったやつらの体が……!」
誰かが呆然と呟き、その驚きは一気に広がる。
「頭が潰れてたのに!」
「こいつ、千切れた頭と胴体がつながりやがった!」
離れていた部位が生えたり、ぺたんこのミンチだったものが人の形に戻ったり。
およそ人の理解の範疇を超えていた。
神様ってすごいなぁ………。
「人も鬼も、区別なく。これで全員治せましたよ」
「よくやりましたね」
「はっ!」
スクナヒコナは恭しく礼をとった。
「おい、返事をしろ!」
元ミンチだった人に声をかける人がいる。
しかし、それは目を覚さない。
寝ているだけのように見えるのに。
「諦めろ、こいつは死んだんだ。身体が戻っただけでもよかったじゃないか」
「今度の飲み会、奢ってくれるって約束しただろ!」
大怪我が治った歓喜も束の間。
途端に重たい空気になる。
『彼の言う通り。あれは、身体だけ治したに過ぎない。魂は黄泉路を渡っているのだから、目を覚ますはずもない。ただの抜け殻』
『植物状態みたいなものですね』
私はなるほどと頷く。
肉体の操作権がツクヨミノミコトに移る。
「さあ、ここからは私の仕事だ」
空に手を翳すと、月の光が天使の梯子のようにそれらに降り注ぎ、すうっと消える。
手を下ろすと、身体を返された。
『これで終わり?』
『これで終わり』
思ったより簡単だった。
大惨事にならなくて、ほっとする。
『あははっ。すぐにわかるよ』
楽しそうに笑い出すツクヨミノミコトの前で、月光を浴びた、植物状態のひと達が目を覚ます。
「………ん?」
「………あれ?」
起き上がり、自身の身体を触り、無事を確かめる。
死んだはずの者が動き出したのだ。
動揺が広がる。
「生き返った、だと………?」
ある人が、隣の人の両肩をつかみ、揺さぶる。
「俺が誰がわかるか!?」
「………何言ってんだよ?」
「飲みの約束忘れたか?」
「次の休みだろ、覚えてるよ。お前の失恋パーティ、可愛い女の子沢山用意するって……」
「友よ!」
わあっと歓声があがる。
「奇跡だ………」
「神よっ……!」
ツクヨミノミコトは、黄泉路を渡ったひと達を連れ戻したのだ。