陽橘と咲耶が先ほどまでいたところには、大木と見紛うほどの蔦が蠢いていた。
蔦の先の蕾が開き、花が咲き、種が飛ぶ。
同時に飛んだ種は四方八方から踊り子を襲うが、踊り子は舞うようにそれを全て回避した。
種は壁や床に当たり、蜜を弾けさせる。
そこは、桃木野柚珠とアメノウズメの戦場だ。
むせ返るほどの甘い香りが漂ったのを、鉄扇の起こす強風が散らす。
「っ、げほ、ごほっ………」
「もうっ! なんでアタシがこんな目に!」
髪もボサボサ、と文句を言いながら、ホコリに汚れた咲耶が近くにいた人物に喚く。
「ちょっとそこのブス! アンタ、アタシの式神でしょ! アタシを守りなさいよ!」
ビクリと肩を揺らすイワナガヒメを、浄土寺常磐が庇うように前に出る。
「お前、何言ってんだ?」
「……何よアンタ? 邪魔なんだけど」
「要らないって言ったのはお前だろ。だからこいつは俺が貰う」
腰を引き寄せられたイワナガヒメは頬を染める。
「はぁ? 何言ってんの? それはアタシの奴隷なの。アンタのじゃない。大人しく返しなさい」
「奴隷扱いする奴に、こいつはやれんな」
「アンタの意見は聞いてないの」
咲耶はイワナガヒメに視線をやり、手を顔の下で組む。
瞳を潤ませ、眉尻を下げ、首を傾ける。
「アタシのお願い、聞いてくれるよね? お姉ちゃん?」
「………っ、わたしは……………」
「無理すんな。お前は俺が守る」
「…ぁ…………」
「邪魔しないで!」
咲耶がぶりっ子を即座に脱ぎ捨て、凶悪な顔で蔦を伸ばした瞬間。
絶対零度が撫でるように走り抜けた。
熱帯を瞬間冷凍した、と表現した方が近いだろう。
一瞬にして蔦は凍りつき、空間を冷気が支配する。
柚珠の植物も、蜜も凍り、それをアメノウズメが破壊した。
影響なく戦い続けているのは桜陰と雷地だけだ。
「……っ、はぁ……っ」
吐く息が白い。
肌や喉に針を当てられているようだ。
咲耶は何が起きたかわからず、噛み合わない歯を鳴らす。
「咲耶っ!」
陽橘が炎を起こして暖をとる。
戦場にいながら霊力で身を守っていない咲耶だけが、冷風の効果をもろに受けていた。
それでも蔦のように凍り付かなかったのは、陽橘が咲耶を庇うように立ち回っていたおかげと、もうひとつ。
「人の身では、死んでしまうから」
オモイカネが、彼らを見ていた。
彼女の後ろでは、タケミカヅチが腕を振り上げた体勢で厚い氷に覆われている。
その余波で部屋の温度が氷点下まで下がったのだ。


