『私を疑っているのかい?』



頬を膨らませ、唇を尖らせ拗ねている姿が想像できる。



『言い方が悪いけど、悪い意味じゃないよ』



『そうだねぇ……。あのマシュマロは一度は君のものだった。そして君は私たち、ツクヨミノミコトとスサノオノミコトの生まれ変わりでもある』



『……うん』



『私の供物を渡したのだ。つまり、お下がりにあたる。何かしらの力が宿っても不思議じゃないさ』



ツクヨミノミコトは直接の関与はしていないらしい。

よくわからないが、そんなものかと受け入れよう。

桃太郎のきび団子だって、当たり前のように受け入れたじゃないか。

きび団子がよくてマシュマロがだめな理由はないはず。



「まわれみぎしてでぐちにはしれー!」



ヨモギ君の命令に実験動物達がいっせいに動き出した、その時。

立っていられないほどの揺れが起きた。

翼を持つものは影響されることなく飛んでいったが、地を駆けるものは転倒が相次ぐ。



「大移動で大地も揺れるんだね……」



「違います」



冗談を言っただけなのに、イカネさんにつっこまれた。



「この地震、タケミカヅチが起こしていますね。もっと氷を厚くしておけばよかった」



天井を睨みつけるイカネさん。

そんなお顔も凛々しくて素敵です。



「………どうするの? 崩れたら生き埋めなんだけど………」



「非常出口はどこですか? いくら牢屋とはいえ研究室も兼ねているなら作っているはずでしょう?」



「………知ってたらそっちからの侵入も試してるよ」



「でしたら、あの研究員を起こしましょう」



「………起こしてどうするの」



「案内をお願いするんですよ」



「………おとなしく吐くかな?」



「それこそ首輪で操れないものでしょうか?」



「………怖いこと言うね……」



イカネさんは美しい顔で微笑み、響は顔を引き攣らせる。

イカネさんがそうおっしゃるなら。

私は研究室に戻り、引き出しにあった首輪を研究員に装着した。


さあ、手元の資料の出番だ。

どこかに説明書はないかしら。

その時、再び地震が起きる。

先ほどよりも強い。



「ぴぃっ!」



壁から水が吹き出して書類が飛ばされる。



「ぎゃーっ! せっかくの証拠が!」



響君の好意が!

先輩に怒られる!


廊下側も、似たような状況のようで、悲鳴が届く。



「おちついてみんな!」



高めのヨモギ君の声が実験動物達を宥めようとするが、動物達の鳴き声に埋もれる。

そして次の瞬間、一気に気温が下がった。

イカネさんが穴を塞ぐために凍らせたのかもしれない。

けれど、全体まで届かない。

この部屋は水が吹き出し続ける。



『ツクヨミさん、スサノオさん』



それ以上、言う必要はない。



「任せろ!」



声を揃えたふたりの行動は同時だった。



剣を振り上げると、水が軌道を変えて天井を貫く。

濡れた書類の水も吸い上げ、水がかかる前の状態に。

電気製品も、水没前の状態に戻る。

勢いのある水が天井を削り、逆転された重力により、瓦礫は下から上に落ちる。

やがて地上を突き破り、間欠泉のように噴き出す水。

屋敷の屋根を突き破ったそれの頂上に、私は立っている。

眼下では、鬼の集団と術師の集団が戦闘を止めて、こちらを呆然と見上げていた。

私はにいっと口の端を吊り上げる。



「ふっ………。頭が高い。神の御前ぞ」



私の喉から発されたとは思えない、中性的で厳かな声が響き渡る。

同時に放たれた膨大な神力に当てられたのか、彼らは次々膝をつく。

抵抗のないものは白目を剥いて気絶した。

そんな惨状を満足そうに見下ろして。



「私、有能! ちまちま通路を凍らせるオモイカネより、脱出経路を確保する私の方が役に立つよね!」



間欠泉の飛沫に月光があたり、虹がかかる。

神秘的な、想像上の天界のような光景の中。

ドヤァという顔をされて、私は頭を抱えたくなった。


地下研究所の破壊と地上の屋敷の破壊。

威圧による抗争の強制中止。

紛れもなく大惨事だよ。