「………お前、えげつないな」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄です。………お似合いですよ、先輩」
私は、漆黒のスーツを纏う先輩に、恭しくお辞儀した。
「お前もな」
先輩も、私の服を褒めてくれる。
私達は、見張り役二人のスーツを剥ぎ取ったのだ。
もともと着ていたジャージを彼らに着せる義理もないので、彼らはパンツ一枚で石畳の上に転がっている。
服を手に入れたおかげで、目立たず歩ける。
必要な犠牲だった。
外に通じる扉を開ける。
そっと見回したが、人の気配はない。
大勢いた人たちは出払っているようだ。
「たった二人の見張りでいいと思われているなんて、俺たちを舐めすぎだろ」
「警戒されないのは良いことです。長年、雑魚のふりをしていた先輩のおかげですね」
「フッ………。積年の怨み晴らしてくれよう………」
「ノリノリだねぇ」
「うるせぇ。急ぐぞ、子供たちが危ないかもしれないんだ」
「了解」
先頭を走る先輩について行った。
誰とも遭遇することなく、先輩の部屋にたどり着く。
罠が仕掛けられていないとこを確認してから、そっと扉を開ければ、狐耳の背中が震えているのが見えた。
「ヨモギ、無事だったか……!」
「……っ、ごしゅじんさまぁっ!」
涙で瞼を腫らしたヨモギ君が先輩に抱きついた。
「うあああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
先輩はヨモギ君の背中や頭を撫で、落ち着かせようとする。
規則正しく、優しく背中をたたく先輩。
その間に、私は部屋を見まわした。
お札は無事。
荒らされてもいなさそうだ。
弟君の報告だけで、特に査察が入ったわけではないらしい。
先輩の部屋から直通の扉を使って、自室に入る。
こちらも荒らされてはいない。
ありったけのマシュマロをカバンに詰め込む。
しゃくりあげる声が少しずつおさまっていく。
「聞かせてくれ、ヨモギ。いったい、俺たちがいない間に何があった?」
先輩の問いに、ヨモギ君は言葉に詰まりながらも話してくれた。
「このやしきに、しらないひとたちがおおぜいきたんだ」
「そういえば、今日は五家の会合だったな」
「はじめはここにいたんだけど、マシロが、おなかすいたって、なにかとってくるって、でていった……」
ヨモギ君は先輩の服をギュッと握りしめる。
「そとがさわがしくなったとおもって、みにいったらマシロがにんげんにつかまってた。マシロ、ぐったりして、つれていかれた。オレ、なにもできなくて……っ!」
思い出したのか、ヨモギ君は再び泣きだす。
「大丈夫、大丈夫だ」
先輩は、ヨモギ君に言い聞かせながら、その身体をあやすように撫でる。
私は、マシュマロのたっぷりつまったカバンをヨモギ君に背負わせた。
「うっ、うぇ………?」
涙を溜めた目で振り向くヨモギ君に、私は好戦的に笑う。
「腹が減っては戦はできぬさ」
「俺もいる、大丈夫だ」
先輩が、音が鳴るほど強くヨモギ君の背中を叩いた。
それは、自身の不安をかき消すよう、言葉にできない励ましを、全て詰め込んだもの。
「っ、うん!」
ヨモギ君は、腕で強引に涙を拭って立ち上がった。
大切な友人を取り戻す為に。


