「ご機嫌いかがです?」
「えっと……」
「何があったか、覚えていらっしゃいますか?」
彼女は数度、まばたきをしてから青ざめた。
「そんなっ、嘘でしょ!? パパが有名な霊能力者の家から買ってきた犬が!」
「どこで買ったって?」
この場で聞こえるはずのない、男の声。
私と彼女は同時にそちらを向く。
「先輩……」
「火宮君……!」
荒れる息、上気した頬、汗で張りついた髪をかきあげる仕草。
目が惹きつけられた。
「その犬、どこで買った?」
火宮桜陰は、女子生徒を熱っぽい視線で見つめる。
はくはくと口を動かすだけで、答えない彼女の顎を持ち上げ。
「答えろ」
至近距離で射抜くような視線で脅す。
「か……かみずる。神水流って言ってたわ………」
色気を振り撒き、相手を酩酊させることで情報を吐かせる。
これがハニートラップかぁ、とぼんやり思った。
「よくできました」
「はひいぃ………」
先輩の悪い笑みを至近距離で被弾した彼女は、オーバーヒートしたように、くたりと身体の力を抜いた。
目を回して気絶している。
「先輩、どうしてここに?」
「お前がいつまで経っても帰ってこないから、探してたんだよ」
「ご主人様のてをわずらわせるなんて、ぶれいだぞ!」
「だぞ!」
先輩の後ろで手を繋いだ美少年ふたりが野次を飛ばす。
「そしたら、神力と妖気が膨れ上がる気配がして、お前だと思ったから駆けつけてやったんだよ」
「かんしゃしろ!」
「しろ!」
マシロ君、ヨモギ君から変な教育受けちゃってもう……。
「こんな狭いところで結界もなしに暴れて、建物が壊れたりしたらどうする気だったんだよ……」
「えーと……」
手遅れだったとは言えない。
「あははははは……」
「ったく、幸い目立つ破損はなさそうだが。もしやってたら始末書に加え、給料天引きモンだ」
先輩は、オオクニヌシさんが直すところを見ていなかったようだ。
ペナルティは嫌なので、頼みますよ、ツクヨミさん!
「それはさておき、神水流か。火宮と並ぶ、五家のひとつだな………」
先輩が女子生徒から聞き出した、彼女に犬神を売った家。
そして。
「神水流って、あのお化け屋敷の座敷牢の家ですよね」
確認のために口に出しただけだったが、先輩が食いついてきた。
「月海、それは本当か!?」
「座敷牢のことなら、確かだと思いますよ。門の表札に、神水流ってかかっていた、はず」
内側のツクヨミさんとスサノオさんも頷いてくれる。
先輩は考え込むように顎に手を当てた。
「偶然とは思えねぇ。……きな臭い話になりそうだ」
重たい沈黙が流れる中、月だけがいやに明るかった。