「来なさいっ!」
イカネさんの声に被せるように、女子生徒が叫ぶ。
「…………え?」
スサノオノミコトが操作権を奪い、そこから一瞬で飛び退く。
顔を上げると、私の立っていたところには、犬の生首が浮いていた。
「……うっそぉん………」
思わず気持ち悪い声が出た。
目の落ち窪んだ、ボサボサの毛並み。
牙の隙間からボタボタと溢れるよだれは地面を溶かし、煙をあげる。
首の辺りから伸びた鎖は女子生徒が握っている。
彼女は凶悪な笑みで高笑いした。
「よく今のを避けたわね。ブスのくせにやるじゃない」
『犬神ですか』
『これじゃあ穏便なんて言ってらんないねぇ。実力行使決定で。異論は認めないよぉ?』
状況が変わった。
ツクヨミノミコトの提案に、否はない。
いくら平和的解決を望んでいても、無抵抗でやられる趣味はない。
「命まではとらないように」
『お任せあれっ』
いい返事をしてくれたツクヨミノミコトに変わる。
「伏せ」
「ギャアアアアァァァ!」
手をかざし命令すると、犬の生首はべしゃりと地面に叩きつけられ、叫びをあげる。
命令を聞いたわけではない。
重力で押し潰しているのだ。
「キャアアァァッ!」
反撃にあうと思っていない女子生徒は悲鳴を上げ、鎖から手を離した。
彼女の足元で鎖は砕け、首輪を無くした犬の生首が徐々に巨大化する。
むくむく起き上がってくるのを、地が凹むほどに重力を強めて押さえつける。
よだれや血液が垂れ流されたそこから、瘴気が湧く。
『まずいですね。土地が汚染されていく』
軽自動車くらいの大きさまで巨大化すると、黒い靄が首から下を形作る。
「逢魔時ってのも、あちらさん優位のひとつだねぇ」
重力の中で立ち上がられて、ツクヨミノミコトが舌打ちした。
「完全な夜なら、私の領域なのに……」
『月海さん、わたくしをお呼びください! 結界を張らないと、周囲に被害が……』
瞬間。
巨大化して、胴体を手に入れた犬神の後ろ脚が女子生徒を襲う。
「ヒィ…………ッ!」
恐怖で声も出ない彼女は目を逸らすので精一杯。
私の位置から彼女までは遠い。
間に合わないっ。
ガリイイィィッ、と、犬神の後ろ足が校舎の壁を削った。
勢いあまって宙を舞う犬神。
水道管にも穴が空いたのか、勢いよく飛び出した水が犬神にかかるも、巨大な体からすれば水鉄砲を浴びるようなもの。
ダメージは期待できない。
それでも鬱陶しそうに顔を背けている。
今のうちに女子生徒のところに行こうとしたが。
「………っ」
彼女がいたところは、瓦礫が積み上がっていた。
運悪く潰されてしまったのだ。
……助けられなかった。
犬神を出してきたのは彼女だ。
自業自得って言っちゃえばそうなんだけど。
「……っっく、そっ!」
やるせない思いを叫んだ。
別に、友達だったわけじゃない。
むしろ先輩のせいで敵認定された仲だ。
でも、さ、目の前で死なれると気分が悪いよね。
だからさ、私の都合で仇をとりましょう。
瓦礫の前で手を合わせる。
「ツクヨミさん、スサノオさん、力を貸してください」


