「待てよ」



先輩の声がやけに大きく響いた。


ところどころこげている先輩は、ゆらりと立ち上がり、壁に掛かっている予備の木刀を手にする。



「こいつをいじめていいのは、俺だけだ」



「………ふーん。まあいいか」



弟君は自身に斬りかかってくる先輩を冷めた目で一瞥し、腕を振り上げた。

すると、先輩の踏み込んだ足から爆発するように火柱が噴き上がる。

今度こそこんがり焼かれた先輩が横たわっていた。



「……………っ、…………………」



震えて、声も出ない私に弟君は微笑みかけてくる。

あんな酷いことをした後と思えないくらいの、綺麗な微笑みだった。



「お姉さん、安心して。お姉さんをいじめた兄さんはやっつけたから」



「アハッ。お姉ちゃん、ハルくんに見惚れてるの?」



「一番は咲耶の味方だけど、そこの消し炭よりは味方してあげてもいいよ」



そこの消し炭、のところで先輩を足蹴にする。

私は怒りを抑えるように、拳を握った。



「でもハルくん、よかったの? 素人に火炎の術見せちゃって」



「咲耶のお姉さんだし、大丈夫だよ。………今度、兄さんと一緒に、僕の学校の文化祭においで。もっとすごいの見せてあげる」



「ハルくん、アタシには?」



「もちろん、咲耶も招待するよ」



「やったー」



咲耶は弟君の腕に抱きついた。



「招待状は近いうちに渡すね。行こう、咲耶」



「うんっ」



連れ立って出て行き、稽古場の扉が閉まる。

楽しそうな声と足音が十分離れたところで、私は先輩に疑問をぶつけた。



「何故、自分がこげこげになってまで私を庇ってくれたの?」



「あぁン?」



凄まれた。

こげこげは、突っ込まれたくないところらしい。

言い方を変えよう。



「……なんで本気を出さなかったんですか?」



本気の先輩はこんなもんじゃないと知っている。

おとなしくされるがままになっているのは先輩らしくない。



「接待しないと、後でめんどくさいんだよ」



「適切な処理をありがとうございました」



父君に泣きつかれ、一方的に悪者にされる。

可愛がられていないって、なんて生きにくい。



「………それに、お前にスサノオノミコトの力を使わせるわけにはいかねぇだろうが」



先輩が小声で何か言っていたが、また凄まれたくないのでやめる。



「先輩、動けますか? ヨモギ君連れてきた方がいいかな」



「いや、動ける。見た目ほど重傷じゃねぇよ」



霊力の鎧を纏うことでダメージを減らす技法は、先輩に教わったものだ。

彼は、放出系の術が使えない分、身体強化を巧みに操る。



「いかに重傷っぽく見せるかは、腕の見せ所ってやつだ。極めれば、こんなこともできる」



黒焦げの先輩が立ち上がり、ゾンビのように腐り、手首が溶け落ちる。



「ひいぃぃっ!」



「あははっ」



悲鳴をあげる私をからかう、いつもの先輩の姿に戻った。

床に落ちた手首は幻のように消えた。



「……それでも無傷ってわけにはいかなかったがな」



今は、強化を解いた姿だろう。

服は燃え、急所でない部分は軽度の火傷ができていた。

痛々しくて、目を逸らしたくなるのを堪えた。



「………すみません」



「なーに謝ってんだよ。警戒していない俺も悪かった。こうして無事だったんだ。過ぎた事は気にすんな」



わしゃわしゃと頭を撫で回され、髪がボサボサになる。



「よく耐えたな」



「…………意識飛ぶかと思いましたよ」



「………飛ばさなくてよかったよ」



先輩が、疲れたながらもほっとした笑みを見せてくれて、私もようやく力を抜くことができた。