「セフレとは縁を切るからふらないでほしい、とは言わなかったわけか、甘党王子は」



アイスがカフェオレの缶を振りながら言った。
バレンタインデーが終わった翌週の月曜日、青先輩と別れたことをアイスと餅ちゃんに報告した。



「うん。私だけではだめみたい」
「都合のいい彼女がほしい、と」



アイスがグビっとカフェオレを飲んだ。



「都合がいいのはセフレの方だよー。クルミは彼女として大事にされてたっ」



餅ちゃんが強く否定した。



「大事にしてたら浮気しないっつーの」
「大事にするためには浮気も必要なーの」



私はストローからバナナジュースを吸って二人の会話を聞いていた。



アイスのように真面目な恋愛を好むタイプと、餅ちゃんのように遊戯的な恋愛を好むタイプとでは水と油だ。
もしもこの二人が付き合ったら喧嘩別れするんだろうな、と思った。



「アイス的にはクルミが甘党王子と別れてくれて安心したよ」
「餅的には別れるの超もったいない~」



腕組をしているアイスと、人差し指を唇の端にあてている餅ちゃんが私を見た。



「クルミ的には、別れたことは後悔してないよ。まだ少し未練はあるけど」



朝起きったとき、勉強してるとき、電車に揺られているとき、夜眠ろうとするとき、ふと青先輩は今何してるのかな?って考えてしまう。
スマホの電源をONにして、先輩からメールがきていないか確かめたりして、まだ心のどこかで連絡が来るのをほんのりと待っていた。



今まで遊びに出かけた場所ももらった言葉も、どんどん忘れて本当に消えてしまうことが悲しいとも感じる。
おいしいって食べる姿も、歩きながら見ていた横顔も、他愛無い会話も、これから増えないと思うと寂しくなってしまう。



「焦らずにこの気持ちと向き合ってたいの。まだ甘党王子様のことが気になるんだ」
「わかる~。餅も元カレのSNS見ちゃうもん~」
「でもね、今……赤星くんから告白されてるの」
「「えー!!まじー!?」」
「まじのリアルなの」



逆に夢だったらすごくヤバい。
私はこれまで赤星くんに助けてもらったことを二人に言ってみた。
電車で私が転んだときに走って起こしに来てくれたことから始まり、自転車と接触事故を起こしそうになったときも、つい先日赤信号の横断歩道で手を引いてくれたことも……色々と話した。



「奇跡みたーい!席も隣で、学校の外でも会っちゃうんだ。運命の赤い糸じゃーん」



やっぱりあの演劇は女子高生の心を掴んでいる。
アイスなんて見えないリングでもはめているかのように小指を揉みだした。



「そんなだからね、どっちにも気持ちが揺れ動くのがつらいの」
「古い恋を忘れさせてくれるのは新しい恋だよ~。今すぐ付き合うに一票~」
「はやいはやい!まだ別れて3日も経ってないっつの。あたしは待てに一票!」
「あれ?アイスさ、私が甘党王子様と付き合うとき、少しでも好きなら付き合えばいいって言わなかった?」



たしか、『付き合うかどうかは告白のタイミング次第でいいんじゃん。少しでも好きなら付き合えばいいし、少しも興味ないならふればいいし』なんて言ってたような。



「状況が違うって。あんたは赤星のこと少しも好きじゃないでしょう。助けてもらった恩があるだけで」
「……アイスが前にした好き判定3問、またやってくれないかな?」
「あ~、あれか。なんだっけな……。その1。彼と話すとドキドキしますか?だっけ?」
「ドキドキかぁ。話してるとウキウキはするけど……ドキドキは限定的かも」
「その2。彼のことを無意識に目で追ってしましますか?」
「はい!隣にいるか確認しちゃうの。授業中とかでもつい、ね」
「マジかよ。その3。彼とキスしたいと思いますか?……耳赤いぞ。はい、だね。結果は、はいが2つということで、付き合うかは保留にすべきでしょう」



黙って聞いていた餅ちゃんがイチゴミルクの缶を置いて、「はいはーい。餅の好き判定3問いきまーす」と言った。



「その1。彼と一緒にいて楽しい?嬉しいことも悲しいことも話したいと思う?」
「はい!赤星くんも私にそう思ってほしいです」
「ほーう。その2。一緒に寝れる?」
「想像するの後ろめたいけど……。できないこともない、かもっ」
「ほほーう。その3。他の女子を彼女にしたらいや?……いやそーだね。結果は、はいが3つということで、付き合うべきでしょーう!」
「ちょーっと待ったぁ!」



缶を握りつぶしてアイスが私を鋭い目つきで見た。



「クルミ、あんたって子はいつから赤星と二股してたわけ?」
「してないしてない!」



と言いながら、夜は送ってもらったり、別れたその日のうちに抱きしめられたりと、そこらへんはグレーだ。
どれもこれも自然発生的な出来事だけど。



「甘党王子のこと、そんな程度だったわけ?」
「そんなっていうか、ほら、アイスが言ってくれたんじゃん。『甘党王子様の片思いって感じだけど、少しでも好きな気持ちがあるんなら、両思いになるように育ててみれば?』って。育ててみたけど、枯れちゃったの。花のなる種ではなかったの」



でも、赤星くんは違う気がしていた。
ただの直感だけど、すでに心の中で勝手に発芽してグングン伸びたがってるというか。
同じ鉢植えに2つの種を蒔いたんじゃなくて、3学期にタンポポの綿毛みたいにフワッといきなり飛んできて、知らない間に根付いていた……。



「あたしさ、甘党王子のこと……、青先輩のこと、実は気になってたんだ」
「「え!?」」
「女子ならみんなそうでしょ?この学校のアイドルだし」



初耳だ。
寝耳に水すぎる。
アイスが青先輩のPHOTO BOOKをフォローしてることは知ってたけど、それは情報通な彼女にしてみれば普通のことで、特別な気持ちなんてないと思っていた。
学校のアイドル情報を追うことなんて軽い興味でしかないんじゃないの……。



頭をよぎったのは、姫と姫のフォロワーたち、そして今も部活を休んでいる1年生の白玉米粉だ。
私の知らないところで傷ついていた青先輩ファンのなかに、親友も混じっていたなんて。
それなのにアイスは応援して励ましてくれた。
もっと早く言ってくれれば、と思うけど、私が逆の立場なら言えないな、とも思った。



私は努めて明るく「そうだったんだ!ごめんね!あの、気がつかなくてごめん。私なんかが付き合っちゃって」と返した。



「クルミだから身を引いたっつーか、あたしは投稿される写真とか見て憧れるだけでよかったし。それこそ、あたしにも好き判定してほしいくらい好きか微妙だった」
「そうなんだ……。あの、甘党王子様とは浮気さえなければ続いてたよ。真剣に向き合ってたのは本当だからね」
「それじゃ、なお赤星はまだ友達止まりにすべきじゃん」
「しょーがないよー。好きなんて同時多発的に感じるもんだしー」



餅ちゃんは理解してくれたけど、アイスは口を膨らませて、「トイレ行ってくる。ジュース飲み過ぎた」と言って教室から出ていった。