校門を出ると、私たちが一番最後の生徒だったのか、他の人は一人も通学路にいなかった。
すいている道を歩けば、あっと言う間に駅に到着した。



「気をつけて帰れよ。じゃ」



空はまだ薄暗い。
夜空だったら送ってくれたのかな。



「送ってくれないの?」
「調子乗んな。まだ18時ちょいだぞ」
「調子乗ってるのは赤星くんだもん。さんざん人の体を触っておいて……」
「くすぐっただけだろ」
「だけ?……赤星くんって手なれてるんだね」
「この歳で慣れてるわけねーだろ」



本当なら意外だ。
青先輩みたいな羊っぽい人が手なれてて、赤星くんのような狼っぽい人が手なれていないなんて、人は見かけによらない。



「ということは、赤星くんは狼の皮を被った羊なんだ」
「喧嘩売ってんのかコラ」
「メーメーって言ってみて?」
「それは山羊だろバーカ」
「羊もほぼそうなんだよ」
「んなバカな。狼と犬じゃねーんだぞ」



赤星くんはスマホから動画サイトを開いて、山羊の鳴き声を再生した。
顎髭があって毛の短い山羊が「メェッェッェ」と高く鳴いた。



次に羊を再生してみた。
もわもわしていてかわいい。
けれど鳴き声は「ベェェェ」と低く、山羊よりも濁音濁点感があった。



「わー。微妙に違うんだ」
「子牛だけど羊の真似してみろよ」
「やだ……」
「さんにいち」



やりにくい。
変な声を出しながら間抜面するなんてできないよ。
青先輩の前ならできたのに、おかしいな。



「……やだよ」
「かっこつけんな」
「赤星くんからやってみてよ」
「エサくれたらいいぜ」
「エサ?」
「ウンメェーッ、ウンメェーッ」



……見た目が怖くてよかったね。
少々すべってもいじられキャラにされることはないだろうから。



「子牛の番」
「やだ。ではでは、探してくれてありがとうね!じゃ月曜日に!」
「やだね」



そう言うと思ったよ。
今日は姫こと梨華先輩と喧嘩して大変だったのに、軽いステップでホームに降り立った。
見えなかった敵が見えてやっと不安が解消したし、赤星くんがくすぐりで笑わせてくれたおかげかな。



くすぐりであんな刺激をもらったのは初めてだった。
体の芯から痺れて、それが全身に広がって恥ずかしいほどに……相手の存在を感じてしまったんだ。



青先輩との抱擁は、たっぷり酸素を吸って脱力するまで吐ききる深呼吸のように緊張がほどけていく感じだった。



さすがに1回目は緊張したけれど、2回目からは自然に抱きしめ合うことができた。
初めから慣れた感じで、当たり前のようにスルリ、と腕を組んで。



舌で触れ合えば、温かいスープを飲むように唾液が喉を通っていった。
お互いの体温を感じながら、私たちこんなことしちゃってるよ、という密な結束に酔いしれたり。



……くすぐりされただけで体が熱く燃え上がる感覚は初めてだった。
梨華先輩に目潰しされそうになった恐怖も、そのとき机に激突したお腹の苦痛も、どっちも帳消しにするくらいの衝撃……。