この音楽…………下校時間を知らせる……



「いったぁ!」



起き上がろうとしたら痛んだ。
のろい動作でまた机に伏せた。
なるべくお腹を動かさないようにして帰らないと。



ブレザーのボタンを外して、シャツをインしているスカートから裾を出してめくった。
白いお腹がこんにちはして、胸下の左側に大きな紫色のアザができていた。



「おい」
「キャア!」



速攻で裾を下ろした。
振り返ると、赤星くんが口に手を当てて突っ立っていた。



「驚かさないでよぉ!」
「教室だぞ」



見られた?
背もたれで見えなかったよね?
くびれがないからお腹はコンプレックスなのだ。
いまだに小学生みたいな体型だから、あのころ着ていたスクール水着も着れちゃうかもしれないほどの。
見られてませんように……。



「ここでなにしてるの?」
「子牛こそ」
「私は……。たまには赤星くんからどうぞ?」
「ここ、青先輩のクラスだろ」
「うん。この席だよ」
「へー。青先輩の椅子に座って服脱いで、何するつもりだったわけ?」
「見てたの!?やだもー!」
「パンツ脱ぐまで見てりゃよかった」
「ぱん、ぱんつ?」
「そんなに恋しいのかよ」
「よく意味がわからないんだけど……」
「は?じゃあ何してたんだよ?」
「それは……」
「言えねぇ?」
「ううん。そんなこともないけど、あそうだ!また赤星くんに助けてもらったんだ!ありがとう!」
「意味不明」
「さっきここで、姫に会ったの!誰だったと思う?」
「マジ?」
「まじまじ。梨華先輩だった」
「だれ?」
「このクラスの子。でね、もみ合いになっちゃって。でも、そのとき『赤星くん。至急職員室まで来なさい』って放送あったでしょ?あれで梨華先輩が我に返ってくれて撃退できたの」
「怪我は?」
「なしっ」
「やるな」
「でしょ」
「俺が」
「そのとおりなの。本当に助かりました。あ、呼び出しはなんだったの?」
「提出物。午前渡せなかったから」
「今日までだったね。……それで、ここに何しに来たの?」
「まだ脱いだ理由きいてねーぞ」
「脱いでないよ。お腹を見ただけ」
「理由は?」
「理由、は……、おへそ、が、あるか、の、確認っ」



ぶっと赤星くんが笑った。
さっき怪我はなしなんて見栄をはるんじゃなかった。



……あれ、お腹が寒い。



「あんじゃん。へそ」



……うそ。
……おなかが、でてる。



「あ?これなに?」



日に焼けた指が白いお腹をつたっていったとき、たまらなくなってお腹をよじった。



「あっはは!」



くすぐったいっ!
そして。



「イタタッ!」
「アザ押していい?」
「いいわけないよ!ボタンじゃないんだよ!」



こそばゆい感覚と痛覚を同時に受けたあと、お腹を見られた恥ずかしさがジワジワとこみあげてきた。



「ひどい。勝手にめくるなんて……」
「……」
「謝ってよ。これはありえないんだから」
「……悪かった。彼氏いんのに」



彼氏とかじゃない。
彼氏がいなくてもだめだよ。
だいたいその彼氏は……。



シャツをインしながら、もうお腹を触られたことは忘れよう、と決めた。



「どうってことないよ……こんなの……」
「へー。じゃ、これは?」



お腹まわりで10本の指が踊った。
柔らかい肌に赤星くんの指が食い込むたびに、あまりのこそばゆさに声を上げた。



「これも、どーってことないわけだ?」
「あっはは!あっは!」



笑いながらも、息ができなくて死にそうだ。
バラバラに動き回る指を必死に捕まえて、「ストップ!」となんとか声を絞り出した。



「どーってことないっていうのは、えっと、青先輩は私がこんなことされても……気にしないって意味ので。だって私にセフレがいたっていい人なんだからって意味で……」
「好きじゃなかったのはあっちの方だな。気にしないってなら、遠慮なく」



くすぐりが再開した。
全神経がお腹に集まったのかと思うほど、くすぐったくて仕方ない。



「あはははっ!っははは!」



それなのにだんだんと赤星くんの制汗剤の匂いまで体の芯を刺激してきて、私の全細胞に号令でもかけたのか体のあらゆるところがくすぐったくなった。



指をもっと強く動かされたら……甘い刺激に声が出てしまいそうな……。



「ムリッ……!アハハッ!」
「……好きだったら、体も独り占めしておきたいだろ」



低い声でそう言って、やっとくすぐりをやめてくれたとき、ジジッという雑音が教室のスピーカーから鳴った。



『学校に残っている生徒は速やかに下校してください。繰り返します。学校に残っている生徒は速やかに下校してください』



窓の外から誰かの「はやくー」と焦る声が微かに聞こえた。



「顔真っ赤」
「うそ!」
「そんなよかった?」
「こそばゆかったの!すごく!」



机に伏せて顔を隠した。
腕で横側もガードした。
これで見えまい。
赤いはずない。
赤星くんの勘違い。
頬の血色がいいだけ。
それだけ。
心臓のバクバクよ大人しくなれ。



「耳も真っ赤」
「うそだぁ!」



自分でもこのテンパりようはお昼の渡辺くんにそっくりだと思ってしまった。
鼻血は……。
鼻に触れると、何も出ていなかった。
渡辺くんの恥じ入り具合に同情する。
笑ったりしてごめんね、渡辺くん。



「そうだ!あああ赤星くん!どうしてここにいたの?」
「部のやつから青先輩のバズった動画のこと聞いて、姫のアカウント見たら子牛が泣かしたってプチ炎上してっから……。帰りに子牛の靴箱みたらまだ靴あったからよ」



あったから探してくれたんだ……。



「どーせ泣いたんじゃねーの?」
「泣いてないです」



それは自分が強くなったから、というよりも、私が赤星くんに毎日どこか支えられているからかもしれない、と感じた。
なんたって隣の席の人は、ピンチのときには何かと助けてくれる無敵の人なんだから。



「姫はネチケの欠片もねぇな。さ、帰んぞ」



最終下校時間まで流れ続ける音楽が終わってしまったら校門が閉じられてしまう。
もう曲もアウトロに入っていて、私たちは駆け足で階段を下りた。



くううう……。
走るとお腹が痛む。