家に帰ってお風呂場に直行し、滝にうたれるようにシャワーを頭上から浴びた。
勝手に帰ってしまったことを反省していた。
既読はついたから私を捜してはいないけど、気にかかった。
中指のピリピリする痛みはお仕置きかもしれない。
洗面所に戻って、ボディクリームを傷口に塗った。
クリームの油分が水圧から守ってくれるからだ。
この豆知識を教えてくれたのは父方のおじいちゃん。
あのときは、一輪車で転んで擦りむいた肘にオリーブオイルを塗ってくれたな。
右手で中指全体を包んで湯船の中につけた。
指と指の隙間からお湯が浸入して傷口に触れたけれど、痛くない。
5、4、3、2、1、と指を立てて秒読みしながら手の包みをとった。
しみない。
おじいちゃんありがとう。
全身を洗って、お湯につかりながら浴室用テレビのチャンネルを適当にまわした。
トーク番組に出ているベテラン役者が、『女遊びは芸の肥やしだからさ』と言った。
「たしかにそういうことを言う人には肥やす余地がありそうですね」
テレビに向かってついつい皮肉を言ってしまった。
せっかくスッキリしてきたところだったのに、お風呂から上がってもモヤモヤしたままだった。
煮え切らない頭に、自分でも嫌気がさした。
時計を見ると、22時13分。
アイスはまだ起きているはず。
いつもスマホだけは肌に離さず持っているから電話すれば出てくれる。
お風呂場でも防水袋にスマホを入れて手放さない子だ。
通知音も色々と分けて設定しているからレスもすぐにしてくれる。
かけると案の定すぐに出た。
「はいはい」
「夜遅くにごめんね」
「いいって。動画配信見ながら寝落ちするだけだったし」
私は数学のプリントを出した。
宿題をやっつけないといけない。
スピーカーにして、さっきの話し合いのことを掻い摘んで話した。
「セフレは浮気じゃないって主張どう思う?」
「最低!」
「最低?」
「さいってーだね。そういうのを浮気と言うんでしょうが!」
「やっぱりそうだよね」
「もちろんふったんでしょ?」
「ううん。考えさせてって言って帰ってきたんだってば。保留にしてある」
「バカじゃないの!?そんなの変態の屁理屈でしかないじゃん。甘党王子も自分でよくわかってるから、クルミには撮り魔のこと隠してたんでしょう?一途な彼氏ずらしやがって。完全に自分の欲のためじゃん。クルミにはふられたくないけど、他ともヤリたい。いいとこどりしたいだけの、ただの二股野郎よ。なにがクルミには関係ないよ。言い訳も大概にしろっての!」
最後の方は音が割れた。
スピーカーにしててよかった。
あれは立派な浮気なんだ。
アイスがそう言うならそうなのかもしれない。
「でもね、青先輩の言うことも筋が通っているように思ったんだけど」
「はぁー?浮気を正当化しただけじゃん。この盲目バカ!」
「アイス、落ち着いて」
「落ち着くのはクルミの方でしょ。いい?落ち着いて考えてみなよ?その屁理屈によると、青先輩は今後も撮り魔と付き合いが続くってことだぞ。肉体関係はクルミには無関係なことだからって」
「……。今後どうなるのかは言ってなかったけど、そうなるよね。私、さすがに縁を切ってくれないなら付き合えない」
「ふらないイコールセフレ容認ってことだよ。いいの?」
「よくない。ぜんぜんよくないよ」
「でしょう?まったく、セフレとの関係は恋人には無関係ですって?そりゃあ彼氏がどんな友達とつるんでようと、どんな家族がいようと、そこは彼女でも口出しするべきじゃないかもね。でも、クルミが『わかったよ。許してあげる。これからも私ともセフレとも仲良くしてね』、なんてなると思ってんのかよ」
「そのセフレ……はぁ、撮り魔って呼ぶけど、その撮り魔には特に興味ないからいいんだけどね」
「人の彼氏とコソコソ遊びやがってって思わないわけ?」
「うん。なにも」
「それはえらいね」
アイスがふああ、とあくびをした。
電車の中で赤星くんの言った指摘が頭をかすめた。
「撮り魔に腹が立たないのは、私が青先輩を好きじゃないからなのかな?」
「違うって。あんたが優しいだけでしょ」
そういうことだったの?
赤星くんの見当違いだったのかな?
目の前のプリントに目を落とすと、一問も解けていない。
電話しながら片づけてしまうつもりだったのに、よく見たらシャーシンすら出ていない。
「もうだめだぁー。数学の宿題やった?」
「もち。撮って送ってあげるから、今日はもう寝な」
「アイス大好き!」
「なによ。自分だけ恋愛楽しんでたくせにさぁ。あたしなんてテスト期間中ひとりで黙々と勉強してたっつーのに」
「アイスもうちに来てよって言ったじゃん。家庭教師つきだったのに」
「行けるわけないでしょ!どうせイチャイチャしてたくせに」
「真面目に勉強もしたよ」
「なんの勉強やら。そうだ、明日って英語のテスト返ってくるよね。そんな不健全なカテキョであたしよりも点数高かったら、絶交してやるんだから!」
笑ったら気分が明るくなった。
届いた写メを見ながら式を写していると、餅ちゃんから電話がかかってきた。

