ホットココアが運ばれてきた。
ティースプーンを3周させて、コクリ。
はぁ~。
冷えた体によくしみる。
「しょうが汁を加えても美味しいらしいね。本当かは知らないけど。くるみちゃんはやったことある?」
「ないです」
上目遣いで見てくる青先輩に、私は素っ気なく答えた。
そんな話題はどうでもいいです、というように。
喧嘩する前なら、『まったりしてる~。これココアじゃなくてチョコレートを溶かしてるのかな?』なんて感想を口にしただろうな。
『ジンジャーココアもいいですけど、コーヒーを入れてカフェモカにしてもいいですよね、今度うちで作ってみませんか?』と、次のデートの約束もできたかも……。
「何か他にも頼みなよ。抹茶のロールケーキは?みかんゼリーもいいね。ドーナツもあるよ。シフォンケーキは?」
「今は大丈夫です」
私よりもよっぽど緊張してるみたい。
青先輩はホットココアに手を付けず、メニューを見ながらしきりに様子を伺ってきた。
私はといえば、ホットココアのおかげで案外大丈夫かもしれないな、なんて一息つきながらも、少し鼓動が速くなっている。
カフェの中は会社帰りふうの人たちが大半で、高校生は私たちだけだった。
気まずくて、壁にかかっている雪景色の絵を見た。
そのしんしんと積もる雪を見ていると、自分が何を怖がっているのかわかってきた。
ふられるのを怖がっているんだ。
浮気されたとき、通常はされた側がふるものだけど、そもそもされた側は既に軽くふられているようなものだよね。
これはうんと悲しいよ。
「本当にごめん。昨日は驚いたでしょう」
「……」
私は頷いた。
ついに別れというゴールに向かってスタートをきった。
「あの子は恋人じゃなくて、ただのセフレなんだ」
「せふれ……?」
「そう。体だけの関係。好きでも何でもない」
「……」
「俺が好きなのはくるみちゃんだけ」
やっと青先輩はホットココアに口をつけた。
もうホットじゃないだろうけど、冷めた方が飲みやすいのか、ゴクゴク飲んだ。
「わかってる。セフレとプリクラを撮るのはアウトだって。必死に断ったんだよ。H以外で一緒にいるのはいやだから。それがセフレと彼女との、俺なりの線引きで。でも、高校卒業の記念にどうしてもって頼まれて……。本当にごめん」
刺激の強い単語に心がかき乱されてしまい、恋愛経験の浅い私には何をどう言うべきなのかわからない。
「……」
「信じてほしいんだけど、別れてからデートもしたことないし、俺の部屋にも呼んだことない。現地集合現地解散で、あ、セフレは元カノなんだ」
「い、いつの?」
「くるみちゃんの前」
「私と付き合ってるときからずっと……その、してたの?」
「うん。でも、好きな気持ちは少しもないよ」
私の一つ前なら撮り魔の子だ。
撮影ルームにいた子がそうだったんだ。
急に入ってきた私たち三人組を見て、青先輩にピタリとくっついて仰天していた子。
「相手の子はまだ青先輩のことを好きなんじゃないですか?卒業記念とはいえ、わざわざプリクラまで撮りたがるかな?」
「本当は履歴書に貼る証明写真を撮りに行ったんだよ。バイトの面接受けたくてね。俺が帰る時に証明写真撮るって言ったら、証明写真機で撮るよりも、プリクラ機についてる証明プリクラって機能で撮る方が安いって教えてくれてさ。写真スタジオにあるような……たしか一眼レフカメラとかストロボもあるのに写りに大差ないからって勧められて。それで、あっちも春からバイト始めたいから必要だったし、ちょうど一人でプリ機の中に入るのって恥ずかしいから、ついOKを……」
ホットココアを一口飲む。
プリ機に一人で入るのは、ヒトカラよりも一人飯よりもずっと難易度が高いのはわかる。
けど、私に頼んでくれたらいいのに……。
そう言いそうになったが、撮り魔も証明写真が必要なら一緒に行く方が合理的だ。
でも、恋愛に合理性なんてなくていいじゃんね?
「プリ機で証明写真が撮れる証明プリなんてものがあるんですね……」
「二人で中に入って、どっちかが撮ってる間はどっちかがカメラの死角にいたんだ。あ、今のレタッチ機能ってすごいんだね。ほら、俺の地毛って茶色っぽいのに、真っ黒になるんだ。髪色とか肌の色とか調整できてすごかった。履歴書用だから盛ったりはしてないけど……」
「そうですか……」
「その後で、ついでだからツーショットもって……。でも、あっちにも俺への恋心は残ってないよ。お互いに好きな気持ちなんて全くないっ」
仮に愛が二人の間に無かったとしても、そもそもセフレという存在のありなし問題が残っている。
青先輩はセフレならセーフという前提で話を進めているけれど……。
それなのに、先輩はホットココアを飲み干して、さっきよりもスッキリした表情をしている。
「セフレは浮気に入らないと思っているようですけど、そこが私には理解できません」
「……たとえば、サッカーしたいなら友達、デートしたいなら恋人、進路相談なら先生、それぞれ役割があって、性欲処理だけならセフレってこと。とにかく役割が違うんだ。俺の場合は明確に違う」
「体の関係は恋人の役割なんじゃないですか?」
「彼女とセフレって似ているようで異なる関係だよ。セフレとは肉体関係は持てても、恋愛関係にはならないからね。これは約束できる」
隣でノートパソコンとにらめっこをしているキャリアウーマンが私をチラっと見た。
お姉さんも質問をはぐらかされた気がしましたか?
それとも、単に声をおさえろって合図でしたか?
「でも、元カノですよ?」
「一度試したことがあるからこそ、ないって言い切れるんだ」
「……」
「セフレはただの友達のひとりみたいな、軽い付き合いでしかない。くるみちゃんには関係ない人だよ」
「……」
「くるみちゃんが彼女だよ。彼女が二人いたわけじゃない。ほしくもないよ」
わからない。
ぜんせんわからないよ。
ここが店内じゃなければ、「ずるいよ。私にそこまで気持ちをくめっていうの?」と叫びたい。
正確にいうと、わからないんじゃなくて、わかりたくないのかも。
そして、わかりたくないのに、わかってあげたいとも思っている。
好きな人だもん、受け入れてあげたいし、わかり合いたい。
でも、許容範囲ってもんもある……。
「連絡が遅れたのは、自分に腹が立って冷静になれなかったからだ。すぐに謝れなくて、それも悪いと思ってる」
ごめん、本当にごめん、と青先輩は頭を下げた。
「……」
「これが証拠」
コートのポケットからプリクラを出した青先輩は、それを私に見せてからトレーにのせた紙ナプキンと一緒にゴミ箱に捨てにいった。
その切られていない綺麗な長方形には、彼と撮り魔が写っていて、半分以上が背景だけのプリクラだった。
この日のことは私もゴミにしてしまいたい。
いやな思い出を気が済むまで切ったり折ったり丸めたりしてから燃えるゴミに出せたらどれだけ楽だろう……。
そしてもう一枚見せてくれたのは証明プリで、真顔の青先輩が写っていた。
なんの落書きもされていない、本物の証明写真と同じで味気ないショット。
「好きだ。くるみちゃんのことが大好きだよ」
無情な台詞にしか聞こえない。

