青空くんと赤星くん






休憩もそこそこに、ビラ配りを再開した。
自転車に子供を乗せた主婦やサラリーマン、ワイヤレスイヤホンを付けている学生、セーラー服の5人組、お揃いコーデのカップル、誰彼無しに配った。



また30分が過ぎた20時過ぎ頃、手元にはまだ半分以上の紙が残っていた。
一時間で二人合わせて49枚。
ひとり約25枚しか配れなかった。
たくさんの人に話しかけたから、もっと減ってると思ったのにな……。



赤星くんの方を見ると、ちょうどおばさんが小走りで彼を避けていた。
ただ配っているだけなんだけど、あの巨体が怖さを助長してしまっている。
ヤンキーを撃退するには都合の良い見た目だけど、今は完全に裏目に出ていた。



私が配らなきゃ!
ちょうど後ろから聞こえてきた足音に、私は上品な笑顔を向けてみた。



「お願いs……」



綺麗な顔立ちの男性が紙を受け取った。
懐かしい、と感じた。
一瞬だけど昨日も会ったし、テスト期間中も私の家で一緒にいたのにな。
青空先生、なんて呼んで……。



「昨日は本当にごめん……。後で話があるから、配り終わったら一緒に帰ってほしい。……いい?」
「ま、まず、これお願いします」



私は手に持っている紙束を強引に押しつけて、鞄を置いている植木のところに新しい紙を取りに走った。



……悔しい。
少し話しただけで、泣きそうになった。
『やっぱり好き』という気持ちと、『もう嫌いなんだから』という愛憎のバランスが拮抗する。
情けない。
泣いてやるもんか。



ぐっとこらえて、上を向いた。
金星が見える。
大丈夫。
まだ垂れてないから、涙じゃない。
こぼさなければ泣いていない、というオリジナルルールを即興で作った。



「配り終わったよ」
「もうですか!?」



振り返ると、青先輩の後方でいくつかの女性グループが熱い視線を向けているのが見えた。
そういうことか。



「手、どうしたの?」



青先輩が包帯の巻かれている中指には触れないで、他の指だけを包むように手を取った。
男性って温かいんだと、この冬たくさん手を繋いで思ったな。
『あっためてあげるよ』と言って、よくダッフルコートのポケットの中に一緒に入れてくれたよね。



でも、もうそんなふうに握らないで。
昨日は何もなかったような錯覚を起こしそうになるから。
心の隙間に、それもありかも、なんて考えが入り込んできて自分でも驚いた。



青先輩が持つ優しい雰囲気に溺れないように、「なんでもないです」と言って手を払った。
思ったよりも強かったのかパチンと叩いてしまって、心が痛んだ。



「ほんとに来たんすね」



群がっている女性たちの横を通って赤星くんがやってきた。



「客寄せパンダで助かります」
「きみのためじゃないよ。あくまでも、俺はくるみちゃn」
「これ全部お願いします」



言葉をさえぎって、残りの何十枚かを一気に渡した。
容赦ない赤星くんの押しつけに、青先輩は若干ひるんだけど、「仕方ない」と引き受けてくれた。



非協力的な態度をとるどころか、真面目に配ってくれた青先輩は、そのモデルのような容姿で通りすがる人々をひきつけていった。
彼の半径2メートルにだけ花の蜜を吸いにくる虫のように、特に女性は自ら紙をもらいにひっきりなしに人がやってきた。



「ビラ配りの天才かよ。もっと刷ってくる」



赤星くんはコンビニに走った。
その後も追加でまたプリントしに行って、「インク切れになった」と満足げに笑った。



「いつもの3倍以上は配れた」
「よかったね」
「おう。ありがとな。青先輩もありがとうございました」
「もう一度言うけど、きみのためじゃなくて、くるみちゃんに会いに来ただけだから」



赤星くんに対する態度は非友好的だな。
それに赤星くんはひるむことなく、「わかってます。その努力、実るといいですね」と返した。
青先輩のおでこに青筋が立った。
……青鬼だ。



「あの……もう帰りましょう。もうすぐ9時になっちゃいますし」
「だな」
「きみは先に帰っていいよ。俺はくるみちゃんに話があるから」
「じゃ、俺はこれで。……やっぱその前に、闘牛ちょっとこい」



その場から離れて、クリーニング屋さんの外灯のそばまでついていった。



「ひとりで大丈夫か?」
「うん」
「しっかり話し合え」
「うん」
「闘牛らしく戦ってこい」
「わかった」



私は気合いを入れて青先輩の方に戻った。
ん?
ちょっと待って。
くるっと振り返る。



「闘牛って呼ばないで!」
「牛糞だと返事しないだろ」
「当たり前でしょう!」
「その意気でいけ」
「コーチみたい」
「だれが牛飼いだよ」



言ってなーい!



「帰りは家まで送ってあげてくださいよ」と赤星くんが叫ぶと、「友達のきみが心配することじゃない」と青先輩も叫び返した。